短編小説
□彼は大変なものを盗んでいきました。
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かつてわたしは独りだった。
三年間、何も無い空間の中、本という名の情報の海に埋もれながら過ごして。
涼宮ハルヒの高校進学と同時にわたしは彼女を観察するべく、彼女達に近付いた。
……退屈、だったのかも知れない。
そしてわたしは彼女達や……彼と、コンタクトを取った。
これは少し予定外。でも、想定の範囲内。
「よう、長門。」
静かな部屋に響く、彼の声。
最初は独りだったこの部室。
誰も来る事がないこの場所で、それでもわたしは扉が開く時を待っていた。
今では、わたしが窓辺で本を読んでいると皆が当たり前のようにやって来る。
まるで、家、みたい。
「あー…長門、今日は皆来ない……ってか、来れないみたいだ。ハルヒが朝比奈さんにコスプレさせて写真を撮っていたら生徒会長に見付かっちまってな……。今、古泉がフォローしてる。」
俺は掃除当番だったからその場に出くわしてないんだけどな、と彼は苦笑する。
今日は彼一人しか来ないようだ。
緊張、する。……何故?
「今日は何の本読んでるんだ?」
「……図書館戦争。」
「お、それ俺も読んだ事あるぞ。まだ2巻までしか読んでないが面白かった。」
「……よかったら、続き、貸す。」
「本当か?ありがとな、長門。」
他愛もない会話。わたしはそれが嬉しくて。
彼の笑う顔。わたしはそれが……だいすき。
そんな事は、言えないけど。
「あ、俺もそろそろ行かなきゃな……。長門も来るか?生徒会室。」
首を横に振る。
わたしが行く必要は無さそうだから。
「そうか……、まだ帰らないのか?」
首を縦に振る。もう少し本を読んでから帰る予定だから。
「ん、じゃあ下校時間までには戻って来るな。」
わたしは首を傾げる。何故わざわざ戻って来てくれるのか。
「だからさ、一緒に帰ろうぜ、長門。」
そう言って彼はブレザーを脱ぎ、わたしの肩にかけてくれた。
「まだ秋とはいえ冷えるからな……。じ、じゃあ行ってくる。」
ふい、と逸らした彼の横顔が朱に染まっていたのは夕焼けの所為だろうか?
そのまま部室から出て行こうとする彼をわたしは呼び止める。
「――――。」
「な、ながと…?今、名前……。」
「――――ありがとう。」
「あ、ああ。」
ぽんっ、とわたしの頭に軽く手を置いてから、彼は走るように去って行った。
ひとりぼっちに戻った部屋。
でも、込み上げてくるのは悲しみとかではなくて。
ただ、蘇る記憶。
蘇るのは、彼の背中、横顔、手。
……えがお。
これは想定の範囲外。
ああ、
恐らくわたしは、
彼に大変なものを、
―――盗まれた。