短編小説
□俺の帰る場所-side SOS-
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「あの、さ……ちょっといいか?」
休日恒例の市内探索が終わり、SOS団部室に全員が揃った所で声を上げる俺。
皆はそれぞれの席に着いたまま俺の話を聞いている。
因みに何時もならば市内探索が終われば解散だが、ここに集まるように言ったのは俺だ。
そして、何時もであればこんな風に何かを言い出すのは大抵ハルヒであるから、今日の俺は少し珍しい、と自分でも思う。
他の皆もそう思ったのだろう。朝比奈さんはふぇ?と首を傾げている。
あぁもう可愛いなぁこのお方は。
長門は本から顔を上げ、目線を真っすぐこちらに向けてくる。そんなにじっと見るんじゃありません。
古泉は、おや…?などとわざとらしく言い、首を傾げる。こら、その仕草が許されるのは朝比奈さんだけだぞ。
そして、ハルヒはぽかん、と口を開けたままこちらを見ている。
「……なによ、キョン。珍しいわね」
ああ俺もそう思うとも。
しかも今日これから俺が取るであろう行動は、これより更に珍しいものになると思うぞ。
何故かって?だって俺は今日……
「なぁ、これ……皆に用意したんだが、受け取って貰えるか……?」
ふわぁ、と朝比奈さんは嬉しそうな声を上げ、古泉はふむ……と何かを考える様な表情。
長門は無言なままで……ハルヒも、黙ったままだ。
――本日は2月14日。
所謂バレンタインデーと呼ばれる日である。
菓子会社の策略やら何やらの所為で、女子から意中の相手にチョコレートを贈る、というのが習慣となっているが。
大好きな奴らに日頃の感謝を……とかそんなのでも、間違っちゃあいないだろう?
世界的に見てみれば、男子から贈るのだって不思議な事ではない筈であるし。
……と、色々とごちゃごちゃ言っているが、要するに、だな……
今日は俺から皆にバレンタインチョコを贈るぞ、という訳だ。うん。
「え、なっ、ど、どういう風の吹き回しよ、キョン?」
「その、だな……」
「な、何よ……」
――こんなの全く俺の柄じゃないし、何時もは口に出して言ったりはしないが。
でも、今日だけは言わせてくれ。
可愛く魅惑的で、それでいてとても優しくて、いつも俺を癒してくれる朝比奈さんも。
いつも頼もしい、そしていつも無表情……に見えるが、子どもみたいに純粋で無垢な部分も持ち合わせている長門も。
いつもハンサムスマイルを浮かべている副団長であるが、時々俺に弱音を漏らし、陰では超能力者として世界を守る古泉も。
そして、わがままではあるが憎めない奴で、俺達のすべての始まりのきっかけを生み出したハルヒも。
みんな大好きなんだ。
……無くした時に初めてその大切さに気付いた、なんて馬鹿だよな、俺も。
ハルヒがクラスから消え、古泉なんかクラスごと消えちまって。
朝比奈さんは俺の事を全然知らなくて。
長門は、別人みたいになってて……
一緒に過ごすうちに“あいつら”にも愛着が湧かなかったと言えば嘘になるが、やっぱり俺が一緒に居たいのは何処の世界のお前らでもない、この世界のお前らなんだ。
向こうの世界の寂しげな表情の長門が一瞬脳裏に過ぎるが、悪い、それでも俺はこの世界を選ぶ事しか出来なかったんだ。
想いが渦巻き、じわ、と目尻に熱いものを感じる。
「キ、キョンくん、どうしたんですかぁ?……泣いて、」
「……大丈夫?」
「ああ……すまんな、長門。朝比奈さんもすみません」
「……ハンカチお貸ししましょうか?」
「気遣いありがとよ、古泉」
ハンカチを受け取り、まったくらしくないと思いつつ涙を拭う。
それをハルヒは不機嫌……そうに見えなくもないが、それとは少し違うニュアンスを含んだ表情で見ていたのだが。
「ああ、もう仕方がないわね!」
がた、と立ち上がったハルヒはずかずかと俺の方に近寄り、ぐい、と肩を抱き寄せる。
「あんたがSOS団の事大好きなのはよーく分かったわよ!」
でもね、とハルヒは続ける。
「あたしの方がもっと大好きなんだからね!みくるちゃんも、有希も、古泉くんも、……それからあんたも!」
そんなの当たり前でしょ!と付け加えるハルヒ。
「わたしも、皆さんやキョンくんの事大好きです〜っ」
「僕だって、涼宮さん達やあなたの事大好きなんですよ」
「……だいすき」
「ほら、分かった?キョン」
ああ、と頷けばハルヒはにかっと笑って。
「……って事で、はい、キョン!あたし達も用意してるわよ」
「えへへ……お二人の為に、昨日、涼宮さんや長門さんと一緒に作ったんです」
「……食べて」
「……ありがとな。すっげ嬉しい」
「ありがとうございます」
SOS団三人娘からの特大チョコだ。
嬉しくない訳がない。
「……あ、僕だけ何も用意できてませんね、すみません」
「気にしなくていいわよ古泉くん」
「はい、ですがこれでは僕の気が済みませんので、ホワイトデーを楽しみにしていて下さい」
勿論あなたも、ね?と爽やかな笑みを俺に向けてくる古泉。
……まぁ楽しみにしてやらん事もないぞ。
「よし、じゃあ本日のSOS団の活動は終了ね!解散!」
ハルヒの解散の声とともに、それぞれが部屋を出る。
皆が部室を出たのを見送ってから俺も出ようとすると、
「……なんだ、長門。まだ帰らないのか?」
部室の扉の前で立ち止まった長門に声を掛ければ、
「……あの時、あなたはこちらの世界を選んだ。その事を私は感謝している」
ありがとう、と透き通った声で告げられる。
「そんな、礼を言うのは寧ろこっちだろ。……いつもありがとな」
すると、長門は真っすぐ俺を見て……
「お帰りなさい」
「……ただいま」
微かな表情の変化ではあったのだが、確かに、
長門は、にこ、と微笑んだ。
気がした。