短編小説
□俺の帰る場所-side 文芸部-
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「あ、キョンくんこんな所にいたの?もう、探しちゃったじゃない」
「あ。悪い、朝倉」
「なーんてね。私にはお見通しだったわよ。……あなたがここにいるって」
ある日曜日の昼下がり。
文芸部室に来てみたものの、特にする事も思い当たらず、適当に本を読みあさっている間にどうやら俺は寝てしまっていたらしい。
軽く頬を抓られ、俺のクラスの委員長――朝倉に起こされた。
何故朝倉とこんなに親しげにしているのか。とか。
そもそも何故朝倉が存在するのか、とか疑問に思う所は沢山あると思うが、全ては世界が変わっちまったのが原因なのだ。
――そう、あの日、俺はエンターキーを押さなかった。
元の世界に帰りたい、と思わなかった訳ではない。
今だって“向こうの”あいつらに会いたい、と思ってはいるさ。
だがな。
俺はどうしても置いて行く事が出来なかったんだ。
……あいつを。
「……ねえ、キョンくん。訊いてもいい?」
「……何をだ」
「“涼宮ハルヒ”」
その名前を聞きどきりとした。
「……って、前に言ってたじゃない?今は長門さんともお友達みたいなんだけど、」
彼女とはどういう関係なの?
……と訊かれても俺は何と答えていいのか分からない。
「朝倉、」
「うん?」
「俺はな、この世界の人間じゃないんだ」
「……え?」
「ある意味異世界人なのかもな。……ったく、あいつの求める人種になる気なんて全然なかったのにな」
そう独り呟けば、意味が解らない、と朝倉は眉をひそめる。
「……別に信じなくてもいい。そうだ、これは俺の独り言だ。だから聞き流せばいい」
でもな、確かに“あいつら”は居たんだ。
ドンデモな能力を無自覚に持った、我が儘で我が道を進む奴で……実は仲間思いなハルヒも。
疲れた時に淹れてくれるお茶と……何よりもその笑顔がいつも俺を癒してくれた、とても愛らしい朝比奈さんも。
笑顔の裏に何を隠しているのかは知らんが、確かに仲間として信頼出来る存在であった古泉も。
そして、こっちの長門から更に感情を引いた様な……でも、確かに意志を持っていて、頼もしいやつだった長門も。
みんな、居たんだ。
確かに俺は、あいつらと共に過ごしていたんだ。
「……それで、私は?」
「朝倉……お前はやっぱり委員長で、俺を刺そうとした」
「ふふっ、なにそれ。酷いわね、それ」
「だろう?」
朝倉はそれを聞いて笑う。
俺もふ、と軽く笑った。
今の俺には、こんな穏やかな時間を朝倉と過ごしているよりも、あの日朝倉に刺されそうになった事の方が嘘みたいだ。
……こうやって、あいつらと過ごした日々も、だんだん嘘みたいになって、薄れていくのだろうか。
そう思えば、涙が滲んでくるが、泣いたってどうにかなる訳じゃない。
「はい、これ……使って?」
す、とレースのかかった可愛らしいハンカチを俺に差し出す朝倉。
「ああ……悪いな、朝倉」
「いいわ、気にしないで。……それより、長門さんの前ではそんな姿、見せないでね」
出来るだけ、彼女を不安にさせたくない、彼女には笑っていて欲しいの。と朝倉は続ける。
「……ああ、分かってるさ」
だって俺は、その為にここにいるのだから。
長門の笑顔を守る為に。
「じゃあこの話はもう終わりね。……入っていいわよ、長門さん」
いるんでしょ?と朝倉が扉に向かって尋ねれば、控え目に扉は開かれ。
そこから顔をひょこっと覗かせる長門がいた。
「あの……お取り込み中?」
不安げに首を傾げる長門に朝倉は笑って見せる。
「ああ、もう終わったわ。長門さんを泣かせちゃ許さないわよ、っていう話をしていたのよ」
ね?と問われたのでそれに俺も肯定しておく。
「な……朝倉さん、べつに彼は、」
「分かってるわよ。彼はあなたを悲しませるような人じゃないわ」
その言葉は長門に向けられている風でいて、実は俺に言い聞かせている様に聞こえた。
「じゃあ、私は夕飯の買い出しがあるから先に帰るわね。……キョンくんも、食べに来るでしょ?」
「あ、ああ……」
「それじゃ、またね」
朝倉はそう告げると、長門に何やら耳打ちをしてから去って行った。
「朝倉、何か言ってたか?」
「あの、えぇと……こ、今夜はおでん」
「……そうかい。そりゃ楽しみだ」
な?と笑って見せれば長門も微かにはにかむ。
「……楽しみ」
暫く沈黙が続いたが、やがてその沈黙は破られる。
……珍しく、長門の方から。
「あの……これ」
「……ん?何だ?」
差し出されたハート型の箱。
「……今日。2月、」
かあぁ、と顔を赤らめる長門を見て気が付く。
あ。
14日。
「わたしが作った……あなたの口に合うかは分からないけれど」
受け取ってくれる?と長門は不安げに俺を見る。
そんなの、勿論受け取るに決まってるさ。
「ありがとな」
そう言って長門の頭を撫でてやれば、へにゃ、と今度こそ本当に表情を崩して微笑む。
「……わたし、怖かった」
「……え?」
「あなたがいつ行ってしまうのか……ここは、あなたがいる場所じゃない。違う?」
そう尋ねられれば俺は何も言えなくて、多分長門はそれを肯定と取って続ける。
「……でも、あなたはこちらの世界を選んだ。その事をわたしは感謝している」
ありがとう、と言い、服の袖を掴んでくる長門。
ああ、そんなお前を置いて行ける訳がないだろう。
その裾を握る手を解かせてやればまた不安げな表情をするが、ぎゅ、と手を握れば安心したみたいで。
「……帰るか」
「……うん」
――そうだ、俺の帰る場所はもうここなんだ。
長門の家に着いてみると、どうやら合鍵を使って先に朝倉がいるみたいで、部屋の明かりか着いていた。
がちゃり、と扉を開くとエプロンを付け、おたまを片手に玄関まで駆け足で来る朝倉がいて、お前はどこの母さんか、とツッコみたくなる。
「ご飯の用意、調度今出来たのよ。二人とも、手洗ってきて」
「うん、」
「……ああ」
あ、あとそれから、と朝倉は続ける。
「長門さん、キョンくん……お帰りなさい」
にこりとあたたかく微笑みながら言う朝倉に長門と俺は、
「ただいま」
……と、返す。
もうそこは確かに、俺の帰る場所だった。