神動四戦記

□五章
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麗伯は任務のため、皇室の近くを歩いていた。
晩餐会の日から二日経った今日だったが、嚇凜という少女の存在を知る者は斗陰と自分のみ。
あの日出席した者、麗伯を呼びに来た書記官までもが覚えていないと言い出す始末。
「あー…変だ…。」

一人呟き、空を見上げる。
雲が麗伯的思考、軟体動物に見えて一人、ニヤけた。
町人が訝しげに彼を見ながら、地道に遠ざかって行く気配を感じ、麗伯は小さく咳払いをして真面目な顔に戻る。

「りっちゃーぁぁん!!」

不意に背後から迫る馬鹿でかい声に思わずすっ転ぶところであった。
振り向く前に麗伯の首に腕を回し、がっちりと抱きついたのは、とある一人の女性。
「光郷姫(ミツゴウキ)…。」

呆れたように麗伯はため息をついた。

「この(皇室)周りを通るんだったらあたしに言って!って何回言ってると思ってるのよぉ!!」

ぷんすかと目一杯に頬を膨らませ、光郷姫は麗伯を軽く睨んだ。
そんな彼女の頬を両手で挟み、離す。
連れの兵らが小さな声で言った。

「麗将軍、そのような仲で…?」

ぎょっとして麗伯は慌てて否定しにかかったが、直ぐさま横から元気よい声が上がる。

「もっちろん!あたし達は将来結婚するんだもんねっ!」

べったりと麗伯の腕に捕まる光郷姫。
若々しい体に引っ付かれては麗伯も男として色々と困る。

「放せー。お前には琥北様がいるだろ。」

光郷姫は現皇帝の娘である。
彼女には弟が一人おり、既に後継者とされている。
姉である光郷姫は将来的には琥北のもとへ嫁ぐ身にある。

「あー…あのお方もそろそろ良い歳よね。私的には受け付けないかなぁ…。」

琥北と光郷姫では十程も歳が離れている。
これからの心配か、ただ単に歳が離れすぎなのが嫌なのか。

「あの方が天下をとったら嫁ぐ。ダメだったらりっちゃんとねっ」

にこにこと笑みを零す彼女の言葉は意外にさっぱりとしていた。

「姫様!!」

先程と同等の音量がまた飛んで来た。
町人らの間をぬって走って来るは一人の少年。
麗伯と光郷姫の姿を捕えた彼の走る速度は徐々に落ちて行く。
次の瞬間、顔を真っ赤に染め、彼はわなわなと肩を震わせ始めた。

またか…。と麗伯は心中ため息をついた。

顔を上げた青年は麗伯を指差した。

「例!、麗将軍であろうと!ひ、姫様にくっつくような…!、そんな淫らな行動っ!!終止呆れてものが…いえませんっ!」

そんな赤面する顔が彼の感情を表に映していた。
麗伯は否定するのも面倒になり、空を見た。
無視された事に腹をたてたのか、少年はその場で地団駄を踏む。

「落ち着きなさいよ。六燭(ムツソク)。」

口を尖らせ、六燭と呼ばれた少年をなだめる光郷姫。
六燭は「あ…。」と言ったきり、口をつぐんだ。
耳まで真っ赤になっている。
そんな彼の真意を知り、ニヤリと笑って、麗伯は二人のやり取りを見ながら再びため息をついた。
そんな態度に六燭が睨む。

六燭は皇室に使えている。
光郷姫の側近として働く、十六歳の少年である。
彼が幼い時、村は戦に巻き込まれた。
母親も父親も乱戦の中、命を落とした。
孤児同然だった彼を、光郷姫の父に助けられ、以来、今も恩を返す為、皇室に使えている。

「姫様も姫様です。勝手に宮廷を抜け出すや、男に絡まれて…」

六燭は人差し指を立て、突き付けながら弁解する。

『俺が絡まれてる方なんだけどな…。』

麗伯は頭をかく。
歳は光郷姫のほうが三つ、六燭より上だ。
しかし、上下関係を知っているからか、二人のやり取りは面白く思える。
姉が弟に怒られているような(実際それに近いが)、今が正しくその図に合致していて、麗伯は声を上げて笑った。

「な!なにがおかしいんですかっ!?」

ケラケラと笑いこける彼に六燭が素頓狂な声を出す。

なんでもねぇよ。

そう笑って、麗伯は宮廷組二人と別れた。
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