novel-old

□※災難
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耳をつんざくような音と共に到着した車両の扉が、目の前で開く。
久しぶりに乗った電車に、愁一は懐かしさと新鮮さを感じてぐるりと車内を見渡した。
帰宅ラッシュの時間は過ぎており、そこまで満員ではないが席は空いていないようだ。
愁一はドアと椅子の間の三角地帯に身を落ち着け、流れる景色をぼんやりと眺める。

今日はめずらしく遠出の仕事で、現地解散だった。
深夜料金のタクシーを使うのは気がひけ、運よく乗り換えなく家まで帰れる路線があったので電車を使うことにした。

「高校以来かも・・・」

いつの間にか移動は敏腕マネージャーによるあらゆる手段で行われ、1人で電車に乗ることはほとんどなくなっていた。
毎朝毎晩眠さをこらえて満員電車に揺られていた学生時代をふと思い出す。
その頃とはまったく変わった今の生活に、なんとなく不思議な感じがした。

「・・・っと」

ガタンと揺れて停車した電車が、また人々を飲み込んでゆく。
急に混み始めた車内で愁一は身を縮め、正体がバレないように壁を向いた。

(・・・失敗したかも)

椅子とドアの角にぎゅうぎゅうと押し付けられて愁一は息を飲んだ。
もう少し奥に行っていればよかったものの、よりによって一番混む地帯で身動きがとれなくなってしまったのだ。

(こんな混むなんて知らなかった・・・)

壁についていた手が、電車が揺れるたびに変に折られて痛い。
背後にいる背の高いサラリーマンが吊革を掴み直す度、その肘がちょうど愁一の頭に当たる。

(ってー・・・背ぇ高いヤツが後ろに来るなっつーの・・・)

完全に逆恨みなのだが、心の中で悪態をついて潰されないように踏ん張る。
次の停車駅でも更に人口密度が増えた車内で、いよいよ息苦しさを覚えた。
密着しそうなくらいに壁に押しつけられて、吸い込む空気すら確保できない。
まして背後と隣からは圧迫されており、だんだんと意識が曖昧になっていくのを感じた。

「・・・っ?」

ふと、不自然な動きをしている手を感じ取る。
腰からお尻にかけてをゆっくりと伝う手のひらの感覚。
混雑からの偶然の接触ではないことは確かだった。

(これって・・・痴漢?)

電車の揺れも手伝って、動きは更に故意的なものになっていく。
混雑に紛れて好き放題に身体を這う手に、無意識に集中してしまっていた。
その腕が前に回されるのを感じて、愁一はぎゅっと目を瞑る。
当然逃げ場もなく、大声を出すわけにもいかない。
不本意ながら、触れられることによって微かではあるが反応してしまうのも事実だった。

(やば・・・)

恥ずかしさと嫌悪感で真っ赤になっているであろう顔を伏せかけたとき、耳元で低い声が囁いた。

「・・・愁一」

「・・・・っ!?」

聞き覚えのある低い声に驚いて顔を上げるが、振り返る事はできない。
どうにかその声の主を確かめようと身じろいでいる間にも、器用に手がズボンの中に入り込んでくる。

「・・・愁ちゃん、勃っちゃったの?」

「たっ・・・樹把!?」

小声ながらも楽しそうな、恋人そっくりの声。
一瞬で正体を確信しても、逃げることはできない。
変に動けば周りにバレる恐れもあり、第一動こうにも動けない状態である。

「お前、電車とか乗るんだな。一応売れっ子ゲーノージンだろ?」

「そうだよっ、だからやめろって!バレたらマズイってば・・・っ」

この際どうしてここにいるのか、という疑問は飲み込んで背後にいるであろうその人物に凄んだ。

「しーっ、あんま喋ると見つかるぜ?」

「だからやめろってぇ、ぁん・・・っ!」

進入した樹把の手がいよいよ本格的な刺激を与え始め、出したくもない声があがる。
小声のやりとりは周りには聞こえていなかったようだが、このままでは不自然な嬌声は確実に気付かれてしまうだろう。

「すげ、ふつーここまで勃つか?こんな人混みで」

「ぁ、う、んっ・・・やめ・・・」

しっかり握り込んだ手が根本から先端までを行き来し、その度に先走りが零れるのがわかる。
まさかここで放つわけにもいかず、ますます加速する快感を僅かに残った理性で抑えるのがやっとだった。

「・・・愁一、オレも、やばいかも」

「え・・・?は、ぁっ・・、ん・・・」

言われて、後ろに当たっている硬いものに気付く。
心なしか耳元の樹把の呼吸が乱れているような気がして、一気に羞恥心が募るのがわかった。

(やば・・・、したくなってきちゃった)

自分の気持ちに関係なく求めてしまう身体に、なんとも言えない罪悪感を抱いてしまう。
耳元の息遣い、張り詰めて存在感を増している性欲。
そして高められていく手のひらに、すべての神経が過敏になる。

「たつ、は・・・っ・・・」

縋るように絞り出した声に応えるように塊を押し付けられる。
でも頼りたくなくて、最後の意地で悟られまいと唇を噛み締めた。

「・・・ヤリてーんだろ?無理すんなって」

「ち・・がう、・・・ぅ」

「これでも?」

「ひぁ・・・っ」

器用にイイところを攻め立てるその手の刺激に、羞恥心も罪悪感も消え去る寸前だった。

「正直に言わなきゃツライだけだぜ?」

「・・・・っ・・・」

目の前のドアのガラスに、意地悪く笑う樹把の表情が映っているのに気付いて言葉を詰まらせた。
それはつまり、後ろの樹把からは愁一の表情が見えているということで。
自分でも涙ぐんで情けない顔をしているのがわかる。
顔の熱さから、頬が赤くなっているであろうことも。

「なぁ・・・言えよ」

耳元で囁かれた声が決定打だった。
行き場のなかった手を伸ばして、樹把の服の裾を掴む。

「・・・し、て」

寄せられた耳にそう呟くのがやっとだった。
我ながら情けないと思いながらも、この状況に常識論は通用しない。
ただ、熱を逃したい。
快楽の先にいきたい。
それだけ。

「・・・オッケー」

満足気な声がして、電車がガタンと揺れる。
顔を上げればちょうど駅に停車したところで、目の前の扉が開いていくのが見えた。

「え、ちょ・・・樹把っ?」

途端に腕を掴まれ、ホームへ引っ張り出される。
他の降者の波に逆らうように突き進む樹把に訳も分からずついて行った先には、公衆トイレ。

「電車の中よりはマシだろ?」

「・・・・・」

笑顔でそう言われてしまうと、根本的に間違っていることをつい忘れてしまいそうになる。
不幸中の幸いか、新設らしいそのトイレは綺麗で、運よく無人だった。
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