novel-old

□ビター&スウィート
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朝起きたら隣に君がいて、コーヒーの香りがしていた。

「・・・起きてたのか」
「へ?」
瑛里が目覚めていたことに気付いていなかった愁一は、突然の低い声に驚いて横を見る。
部屋中に漂うコーヒーの苦い香りは、ベッドで上半身だけを起こしている愁一が手にしたマグカップから漂っているらしい。

寝ぼけ眼で欠伸をしながら、方々に跳ねている髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回す。
そのまま寝返りを打ってうつ伏せになり、抱きかかえた枕に頬を押し付けて愁一を見上げた。
「・・・何アホ面で見てんだよ」
「・・えっ?あ、うん、ゴメンっ」
途端に顔を真っ赤にして、慌てたようにカップの中に視線を戻した。
見惚れていました、と言っているようなあからさまな反応。
口を尖らせて液体を冷ます仕草をする愁一をじっと見つめれば、その視線が気になるのかそわそわと落ち着かない様子だ。
「・・・飲まないのか」
「ん、飲む・・・けど」
もうとっくに冷めているだろうに、相変わらず口にしようとしない愁一を、無言で見つめ続ける。
何を今さら照れることがあるのかと思うが、いつまでたっても自分に対して過敏な感情を見せる愁一の態度は、悪くないと思ったりする。
そっと手を伸ばした先には、ほんのり赤く染まった柔らかい頬。
触れた瞬間びくん、と反応を示し、恐る恐るこちらに目を向ける。
「・・・由貴?」
返事はせず、引き寄せるように後頭部に手を回しながら、唇が触れる直前まで近付いた。
驚きながらも期待を浮かべる瞳を見つめ、心の中で小さく笑ってから、ふっと顔を逸らす。
手にしたままのマグカップに口を付け、愁一の指先ごと包み込んでコクリとひとくち飲み込んだ。
「・・・苦い。」
「なっ・・・ゆ・・・チュウは・・・?」
一連の仕草を間抜けな顔で眺めていた愁一が、やはり間抜けな言葉を口にする。
「アホか。さっさと甘いの作ってこい」
「もー!わかったよ、由貴の意地悪っ!」
さらりと言って背中を向けて見せれば、まるで自棄のように荒げた声が響く。
ぶつぶつ文句を言いながら愁一がベッドから抜け出す気配を感じた。
「あ、愁一」
「なにっ?まだ何か・・・っ・・・」
呼び止められ、勢いで振り向いた愁一の腕を引き寄せる。
そのまま触れるだけのキスをして、すぐにまた背を向けた。
「3秒で持ってこいよ」
「〜〜〜〜っ!!」
最早言葉にならない呻き声だけ残して、ばたばたと部屋を出て行く足音。
ドアが閉まったのを確認してもう一度身体を起こし、ベッドサイドに置かれた先程のマグカップを見つける。
口に含むとやはりそれは苦くて、その上冷たくなっていた。

きっともう少ししたら、砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーを持った君が戻ってくる。
たまにはそんな甘い朝があってもいいんじゃない?

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