novel-old

□大事なもの
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初めて、大切にしたいと思った恋だった。

俺は自他共に認めるプレイボーイ。
確かにそうだった筈だ。
・・・って、なんで過去形にしてんだ?俺!
あぁもう、調子狂う!
それもこれも、原因は・・・

俺は部屋に入った途端思わず視線を逸らしてしまった光景に、もう一度目を向ける。
沈みかけた夕日が差し込む窓の傍、椅子に身体を沈めてすやすやと眠るイザークの姿に。

どくん、と胸が熱くなる。

ほんのり照らす紅い日差しがその寝顔を照らして、睫毛の影さえもくっきりと落とす。
幻想的とも言える美しさから、目が離せない。

「・・・・っ・・・」

呼吸ですら崩れてしまいそうな、儚い空間。
近寄ることも、声をかけることもできずに、俺はただ立ち尽くした。


暫くそうして、時間が経ったと気付いた時には陽は落ちかけていた。
灯りのない室内は途端に闇に包まれ始め、それと共に、イザークが段々影で覆われてゆく。
白い肌、銀色の髪が、輝きを失っていく。
まるでそのまま暗闇に溶けて消えてしまいそうで・・・

弾かれたように、足が動いた。

「・・・イザーク!」

「・・・っ!?な、なんだっ!?」

抱き締めた途端にびくんと跳ねた身体が、ちゃんと温かい。
俺は安堵の息を吐いて、顔を上げた。

ふと、驚いたまま固まっているイザークと目が合う。

「・・・あれ?・・・あー、ごめ・・・」

「・・・なんのつもりだ」

しまった。
何してんだ俺?
なんか、コイツが消えちまいそうでつい・・・
あーあ、完璧怒ってるよなぁこの目。
どうにかうまく言い逃れないと、完璧に俺変態じゃねぇかっ!

「いや、まぁ・・・な、なんとなく?」

「ふざけるな!お前はなんとなくで男に抱き付くのか!」

「う・・・」

そりゃーそうだ。おかしい。
しかも寝込みを襲ったようなもんだ。
あ〜、なんて言えばいいんだよっ!
それにしても、身体細すぎ・・・よくこんなんで戦えるよなぁ?

「〜〜っ、貴様、いい加減離れろッ!」

「あーっ、ハイ、ごめんなさいっ!・・・・って・・・イザーク・・・?」

怒鳴りつけられて慌てて身体を離した瞬間、俯いたイザーク。
よく見ると、小さく震えているような気もする。

「っ、触るな、見るな!どっか行け!」

「え?で、でも・・・ごめんな?そんなイヤだった?」

「・・たりまえだ・・・っ・・・」

・・・あれ?
なんか、赤くなってないか?顔。

「・・・イザーク?」

いつもよりちょっとだけ優しく呼ぶと、恐る恐る伺うような瞳がこちらに向いた。
その表情は、どうしても拒絶には見えなくて。

「ほんとに、イヤだったの?」

「しつこいぞ貴様・・・・・・ッ!?」

もう一度、腕の中に温かな感触。
俺の胸に顔を埋めたイザークが、コクリと息を呑んだのがわかった。

「イザーク、もしかして俺のこと好き・・・とか?」

「なっ・・・なにを・・・なわけ、あるかっ!」

「・・・俺は、好き。たぶん、ずっと前から・・・」

ぎゅう、と抱く腕に力を込める。
もう罵声は飛んでこない。
服を隔ててもわかる、明らかに動揺している心臓の音が聞こえてくるだけだ。

「・・・俺、は・・・男が好きとか、そういう趣味はない・・・」

「イザーク・・・」

搾り出すようなその声に、少しだけ罪悪感を覚える。
俺は、勝手に気持ちを押し付けているだけなのだから。
少しだけ冷静になって離れようとした身体が、再び引き寄せられた。
驚いて、その表情を確認しようとしたけれど、一足早くまた顔を胸に押し付けられる。

「けど・・・っ・・お前は、なんか、ちがう・・・」

「ちがう・・・って?」

「・・・っ、言わせるな・・・」

「・・・え、あれ?マジで?」

なんとか見えた、真っ赤な耳。
ちょっとだけ身体をずらしたら、同じく赤くなった頬も見つかる。
これって。
もしかして。

「イザーク、顔上げて?」

「イヤ、だ・・・っ・・・」

ふるふると顔を横に振るイザークが可愛くて、小さく笑う。
それが聞こえたのか、胸元の温もりがぱっと離れた。

「貴様っ、何笑って・・・」

「・・・へへ。やっと顔見れた」

「・・・っ!!」

そっと頬に触れるとやっぱり熱くて、そのまま手のひらを後頭部にずらす。
今度は離さないように、逃げられないように。

「・・・ふ・・・っ・・・」

唇を合わせた瞬間の吐息が耳に残る。
長い口付けの間、たまに覗き見る表情はどうしようもなく綺麗で。
まるで拒否の仕方もわからないような、そんなたどたどしい受け入れ方が愛しかった。

「・・・・っ、は・・・ぁ・・・」

「・・・お前、可愛すぎ」

「だ、黙れっ!この変態がぁ!」


飛んできた分厚い本を顔面で受け止めながらも、俺は幸せで一杯だった。
今までのどんな女より口が悪くて、頑固で。
意地っ張りで強がりで、綺麗な、この男。

いつまでも大切にしたいと思った、そんな初めての恋。

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