悠久の時の果て
□Act.1
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からり、庭へ繋がるドアを開けて、外へ出た。
「お〜」
特に理由がある訳ではないのだが、なんとなく、今日はそうしなくてはいけない気がして。
「いや〜、綺麗だねぇ」
庭に出てると自分を優しく照らす月光に気付いて。
ふ、と上を見上げると満月で。
「お月見日和だねぇ…」
「…父上、もう月見の時期は終わりましたが」
あまりにも美しい月に思わず呟けば。
ざっくり、キッドに突っ込まれた。
「いや〜、でもせっかく綺麗なんだし。皆でお月見を…」
「やりません!!俺は忙しいんですから」
めげずに提案しようとした私ににべもなく言い捨て、さっさと中へ入っていく息子の背中にじとーっと視線を送るが。
全く意に介した風もなく、振り返りもせずに、視界から消えた。
…うん、大きく成長する息子を見られるっていうのは、幸せな事だけど。
こういう時はどうしようもなく切ないね
なんて思って、くつくつと苦笑しながら、また月に視線を戻す。
そうして暫く何をするでもなく月を眺めていると、ふいに黒い点のようなものが見えて。
「…おやおや〜?」
じっとそれに集中して見ていると、それは段々と大きくなって。
…ついに、人の姿を象った。
「……ふむ」
ある程度地上に近付くに連れてはっきりとしてくるその姿は確かに人なのに、何故か違和感を、感じた。
人なら誰しも魂があって、それは見えると見えざるとに関わらず、私には感じられる筈なのに、彼女にはそれを感じない。
−…魔女なのだろうか?
と一瞬考えるが、それともまた何かが違う気がして。
警戒をしながら、はたからは分からない程度にだが、身構えて彼女に視線を送り続ければ。
「…おー、こりゃマズイ、かねぇ」
舞い降りているように見えた彼女も、「落ちて」きているみたいで。
あのまま地面とごっつんじゃ、死んじゃうかねぇ
と思いながら。
警戒を残したまま、彼女を抱き留めた。
「…っ?!」
抱き留めた彼女は、致死量に致ると思わせるには十分な血に塗れていて。
顔は涙に濡れていた。
「…君は…」
言葉を口にしようとすると、ぴくり、僅かに彼女が反応して。
彼女に視線を向けると、僅かに焦点の定まらない目で虚空をとらえ、
『……次は、お前が私を殺すのだな…』
「…っ!」
昏く、絶望に満ちた声で呟いた。
それはまだキッドと大して変わらない位の少女にはあまりに哀しい響きを有していて。
こんな事で彼女の悲しみが、苦しみが、痛みが。
消える訳ではないと分かっているけれど。
ぎゅうっと抱きしめた。
「……少し、休まないとね」
休んで、止まって。
そしたら、きっと君にも楽しい事が、幸せが降り注ぐかもしれないよ…?
自嘲的に笑いながら、彼女の体を少し離して。
暖かな家の中へと入っていった。
(あたたかな光を放つ月は少女を、優しい死神へ託した−…)