俺屍

□それを知る為に
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母は、言った。

交神。
それは、朱点童子にかけられた呪いによって、短命であり、人との間に子を成せぬ我ら一族が唯一残る術。
人と残せぬ子を、神と成す。
そうして血を繋ぐのだと。

『…今度は、私の番、か』

母は、言った。
例え、其処に心などなくとも、血を繋がなければ、一族は絶え、先代達の意思も其処で絶えてしまうのだと。
だから、そうさせぬ為に神と交わり、私は産まれたのだと。

そっと目を伏せて、自嘲の笑みを漏らした。
子を愛さぬ母から産まれた子が、いかにして愛を知れと言うのか

憎々しげに母の墓を睨みつけて、小さく吐き捨てるように

『…私は、貴女のようにはなりたくありません』

と呟いてすぐに気配を感じ、つと視線を上げる。

『…鬼、か?』

瞬時に気を張り巡らせれば、くつくつと笑い声が響く。
聞き覚えのないその声を探せば、がさがさと木々が鳴いて、強い風が周囲を包む。
思わずぎゅっと目をつむり、風が止まるのを待ち、目を開けば、そこには漆黒の羽を持つ男神、やたノ黒蝿がいた。

「どちらかと言えば、おまえの方が鬼のようだぞ」

敵でこそないにしろ、あんまりといえばあんまりな登場に思わず眉間に皺を寄せて、睨めつければ、さもおかしげに笑った男は

『…何の用だ』

「これより交わろうという者に、随分と無躾な物言いだな」

ふわりと優しい風を伴って私の元へおりてきた。
交わる、ね。

『貴殿は、人と交わり、人との間に子を成す事に躊躇いはないのか?』

ぼそりと、ともすれば聞き逃してしまいそうな、小さく昏い響きを持った呟きは、けれど確かに目の前の男神に届いて。
小さく男は瞳を伏せた。

「…躊躇い、か。それはおまえに在るのか?」

ー…だから、俺にもそれが在って欲しいのか

そして、つとその視線を瑠佳に向けて、静かに問うた。
その言葉は、ぐらりと瑠佳の心を揺らして、じわりと涙を呼んだ。

『…っ、何故…っ』

こうも、この男は私の本心を見透かすのだろうか。

『…躊躇うに、決まっておろう…っ』

私は痛い程に知っているのだから。
一族の為だけに子を成す虚しさを。
それだけの為に生きる愛を知らぬ子供の哀しさも。
それを知って尚、新しい命に何故それを強いられるというのか。

「…それはかつての者達も通った道ぞ。そして、その中にはそれだけでなかった者も居た。愛を知った子も在った」

『…っ、だが…っ』

ぶつけるように声を荒げて、反論しようとすると、すと細められた鋭い視線に制される。

「…何故おまえはそうも頑なに母を恨む」

その母はもう居ないというのに、それを恨み。
否、恨んだ振りをして自分の矛盾の理由にしようとしているではないか

びくんっと不自然な心音に呼応するかのように跳ねた体。
反論しようと思うのに、唇がわなないて、言葉が発っせられない。

どうして、どうしてこうも見透かされるというのか。
こんな会ったばかりの、男神に。

「…どうしても、理由が欲しいのなら、俺を理由にすればいい」

愛を知らぬと嘆くなら、与えられなかった俺を恨めばいい

「だから、そこに縛られた母を解放してやれ」

そっと黒蝿が指した指を辿れば、それは母の墓石。

『…な、にを馬鹿な』

「俺は風の神。風の声に紛れ、強く響いて止まぬのだ」

それには強いおまえの母の後悔の声が

「もし、母のように子を愛せなかったのなら、おまえの分まで俺が教えてやる」

だから、心を解いて、自分も解放してやれ

『…貴殿に、何が理解る…っ!』

「おまえの事は、何も知らぬし、知っている。そして、人間の愛しさも、哀しさも知っている」

だからこそ、欲していると理解るのだ
おまえが愛を、解放を、と

『…それを、絶対に貴殿が与えられるとでも?』

「…絶対、とは言わん。…だが、与える努力は惜しまん」

言い終わるや否や、ふわりと優しく風が頬を撫で、ひやりと感じた頬に自分が涙を流しているのだと理解した。

それは、自身の心をことごとく理解され、解かれていくからか。
それとも彼の真っ直ぐな言葉に心揺らされたからか。


答えを知る為に

(こいつとなら、全てを委ねてもいいかもしれない)

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