彩雲

□Double Standard
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 ぎゅ、と足元の柔らかな新緑を踏み分ける。裸足の足の裏に、ひんやりとした草と尖った小石の感触。視線を上げれば空を覆う木々が、陽光を遮っていた。薄緑の優しい光が地面に陰影を描く。
 最近よくみる夢だ。季節は春、もしくは初夏だろうか。ただ広々とした山中をひたすらに歩く夢。いや、最初は暗闇を歩く夢だった気がする。徐々に周囲の景色は色彩と質感を増し、最近では小石を踏みつけた痛みで跳ね起きることもあった。

 丁度良い大きさの岩を見つけ、そこに座る。ぐるりとあたりを見回した。ふうと息をつく。なんとなく、この景色が懐かしく感じる時がある。景色が、というよりも、空気が。
 一度も引っ越したことのない自分がそのように思うのもおかしい。都会の人間が、田畑のある田舎の景色を懐かしいと思うのに似た、不思議な既視感かもしれない。ぴちゅぴちゅとさえずる小鳥の声に耳を傾けた。

 ふ、と意識が遠のく。景色が揺らぎ、葉の緑と地面の茶が混じり合う。
 覚醒が近い――

 次の瞬間には、目の前に広がるのはただ布団の海だけだった。

 今は何時だろうか。冬の夜明けは遅い。カーテンが開けっ放しのせいで、室内は青白くて冷たい朝の光で満たされている。まだ、もう少し寝ていたい。
 だが、自分がパジャマにも着替えていないことに気が付いて愕然とした。昨晩は部活の後、夕食を食べてそのまま眠ってしまったのだ。歯も磨いていなければ、風呂にすら入っていない。
 花も恥じらう乙女にあるまじき行いである。

 慌てて時計を確認する。六時二十分。大急ぎで済ませれば、十分に間に合うだろう。
 眠い体に鞭打ち布団を抜け出す。一晩中冷気にさらされた頬が冷たい。冷えた床に足をつけば、かじかんだ爪先がじんと痺れた。
 タンスから替えの下着を引っ張り出して、椅子の背にかけたバスタオルを手に階下に降りる。手早く衣服を脱ぎ、下着だけ洗濯籠に放り込んで浴室に飛び込んだ。

「さむ……」

 高めに温度設定したシャワーのコックをひねる。初めに出てくる冷水をやり過ごし、熱い湯を頭から被った。浴室にもうと湯気がたちのぼる。

 
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