彩雲
□Double Standard
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濡れた髪をがしがしとタオルドライしながら、台所を覗く。炊きたてご飯のいい匂いに胃がきゅうと鳴った。
「お風呂入ってなかったの?」
母が菜箸を片手にこちらを振り返った。責めるような語調に小さくなりながら、ダイニングテーブルについた。
「うん」
ひじきを口に運ぶ。次にご飯。
「ちゃんと寝る前にはいりなさい」
「んー、分かってる……」
眠い、のだ。あんなに眠ったのに。母は心配そうに眉をひそめた。
「調子悪いの?」
それには首を振って返事をする。母は黙って皿に玉子焼きを乗せた。
「無理しないんだよ」
大丈夫だと言ったのに。そんなに体調の悪そうな顔をしているのだろうか。そういえば、最近友人にも顔色が悪いと言われた。
ごちそうさま、と手を合わせるとネクタイを結びながら父が現れた。
「送っていく?」
「ううん、自転車で行く」
「雪、降ってるよ」
「え!?」
ぼんやりしていて気づかなかった。窓の外を見れば、庭木は雪に埋もれている。
「……送ってください」
「急いでね」
皿を下げ、慌ただしく歯を磨き髪を乾かす。ブレザーの襟についた歯磨き粉を爪で引っ掻いて落としながら、鞄を手にした。
「いってきます!」
上がり框で靴を履きながら家の奥に声をかけると皿を手にした母が顔を覗かせた。
「今日、何時に帰るの?」
「いつも通りだよ」
「何時くらい?」
母の真剣な様子に気圧され、慌ただしい動きを止める。
「七時半、かな」
「そう……遅れないでね」
「ん、いってきます」
今日は何か用事があっただろうか。首を傾げて、父の車の後部座席に乗り込んだ。鞄を漁り、よれよれの単語帳を出す。今日の二時限は小テストだったはずだ。
昨日の夜やるはずが、眠りこけてしまった。今更という気もするが、やらないよりはましだ。
suggest、status、intelligent、bear、comfort、significant、arouse……
目はアルファベットの羅列の上を滑るばかりだ。やがて、文字は羽虫のように震え霞んで読めなくなる。閉じたまぶたの裏に、山中の光景が浮かぶ。
ぴちゅぴちゅと小鳥たちのさえずりが――
「着いたよ、起きて」
勢いよく起きたせいで単語帳が膝から滑り落ちた。慌ててそれを拾い上げ、鞄にねじ込む。寝ぼけたような頭を振って、車を降りた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
ばたん、と後ろ手に車のドアを閉めた。