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□少女に囚われる
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“うっ…ふぇっ……えぇっ”



泣いている。
誰かが嗚咽を漏らして泣いている。



“うっ、くぅ……ふっ…うっ…”



懸命に声を押し殺して泣いている。



“えぇ、んっ……う、ふっ…”



何処とも知らない空間で、女の子の泣き声だけがやたらと大きく反響して聞こえた。
姿は見えない。だけれど聞き覚えのあるその声に、酷く胸が苦しくなった。



“う…くっぅ、ふぇえっ…うあぁっ”



徐々に漏れる音は大きく、言葉にならない音になる。
その時私は、その音の正体を視界におさめた。



“うわぁあああ!あぁあああん!”



小さな女の子。
溢れる涙を懸命に、その小さな手で何度も何度も拭っていた。

距離は、そんなに離れていなかった。
手を伸ばすのには少し遠くて、離れるには少し近過ぎて。
小さな女の子は私の目の前で泣いていた。

何を泣いているの。
泣かないで。
そんなありふれた言葉さえ、私はかけられずにいた。



喉を掴まれたような感覚がした。
決壊したダムのように、その口から音が流れ出る。
言葉にならない声が音を紡ぐ。
息の根が止まる。
たった一人、少女が泣いているだけなのに。



『…っ』



私はただ立ちつくしたままでいた。

涙で濡れた小さな手。
白いその指に見える擦り傷は映えるように赤く。
涙で濡れそぼった頬は叩かれたように赤く。
潤む瞳は怯えたように震えていた。
さらけ出された腕は煤で汚れ。
何も履いていない素足は土にまみれ。
血が滲み。
肩ほどまで伸びた髪は。
吸い込まれるような。
青。
で。



『…っ』



私は声をかける事さえ出来ずに立っていた。



“あぁああああ!ぁああぁあああ!”



破れた衣服。
煤と土の香りを漂わせて。
赤の中で立つ。



『っ!!!』



私は何も言えなかった。



“ああああああ!あああああああ!”



私は一つも動けなかった。



“いやぁあああああああああああ!”



私は何一つ出来ぬまま目の前の存在を見ていた。
私は。



“あぁああぁぁぁあああ”



私は。



“あああぁああああぁああぁあああ”



私は!



“あああああああああああああああ!!”



『あああああああああああああああ!!』



断末魔のように鳴り響くその声をかき消すように叫んだ。
耳を塞いだ。
それでも声は止まない。
いつまでも、どこまでも。



“いやぁああぁあぁあああああ!”



少女の声は止まない。




傷跡

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