□そして底で出逢う人
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広い広い海に

船を出して

貴方を捜しに

参りましょう










そして底で出逢う人










雲。

そしてその隙間に月。

天高く光る満月に私は手を伸ばす。


―あぁどうか


願いを聞き届けてくれるだろうか。

この思いは祈りにも似ているのだけれど。





深く暗い海に船を出す。

静かに、ちゃぷちゃぷとだけ水音を立て船は水面に浮かび私が乗るのを待っていた。

月の光が闇を切り裂き差し込んでいる。

その先に、居るのだろう。



櫂(かい)を動かし、ゆっくりと動き出す。





風は吹かず、髪の一本さえも乱れない。

暑くも寒くもない。

ひたすらに、漕ぐ。漕ぐ。



どこにいるのだろうか。

皆目、見当も付かない。

ただ海にいることだけはわかっていた。

この淋しい海の、どこかずっと底の方で、あの人はひとり眠っている。

それだけは、わかっているから。








いつの間にか、空は白む。

遠くの空を月は滑るようにして、それを追いかけ太陽が姿を現した。

温い風を連れて。



「私がここにいる」と知らせてくれているのか、それとも「あの人はここにいる」と知らせているのか。

光の帯が海に差し込む。

漆黒の闇でしかなかった海面が、きらきらと光って私に伝える。


―ここにいるよ


あぁ。

ようやく見付けた…。








止まりそうに進む船から腕を出して、穏やかな水面に触れてみた。

体温よりも、少しだけ冷たい。


―まるであの人のように…


自然に頬の端は持ち上がる。

あと少し。

あと少しでそこに行くから。



太陽が昇り切る前には、あなたの所に。








両手を伸ばして、海を抱くようにしながら段々とその中に入っていく。

恐ろしくなんかなかった。

むしろ嬉しかった。

どれほど求め続けたろう、あなたを。


―やっと、やっと見付けたのよ




見上げた海は、太陽の光りで青く白くうごめくように輝いている。

まるで浄化の光りのように私を照らす。



私は海に溶けていく。

あの人のもとへ流されていく。




―この海に、海の底に、そこに、いるの


こもる波音に紛れて声が聞こえた。

低く、響く、あの人の声。

聞き違えることなど、ない。




―来いよ




そう言ったのが、聞こえた。





「今…行くから…ね―」








広い広い海に

船が一隻


誰も乗らない



誰も知らない





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