17 無邪気ふわり
「起きろ、結花着いたぞ」
「んん…」
亮君の声に重たい瞼を上げると、自然の中に建つお城の様な別荘が目に入った。
「わぁ…!!」
跡部先輩の別荘なら大体想像はついていたけど、やっぱりすごい。大きな噴水に目を輝かせる。
「オイ、前見て歩かないと危ないだろ」
「大丈夫だよ、若!そんなおっちょこちょいなことって、わわっ!」
結局、若の様子が可笑しかったのはあのときだけだった。胸の重りも何だったのかと思うくらい、その日に綺麗さっぱりなくなっていた。
「だから言っただろ」
「ごめんなさい」
「バッカだなぁ結花は!」
スッと伸びてきた若の手を掴もうとした寸前で、転びかけて体制を崩した私の横を向日先輩が軽快に走り抜ける。
「岳人も調子乗ってたら転ぶで」
「俺は結花みたいにドジじゃねーよ!」
「おいおいオマエら。合宿前に怪我してーのか?アーン」
「ウス」
呆れる忍足先輩の横に、最後にバスから出てきた跡部先輩とジロー先輩を背負った樺地君が並ぶ。
「よしオマエら!立海の奴らが来る前に荷物を置いてさっさと着替えて来い!裏のコートに集合だ」
事前に配られていた部屋割りに目を通す。私は当たり前だが1人部屋だ。みんなと部屋も近いし怖くない…怖く、な…
「結花行くぞ」
「わ!!」
不意に肩に置かれた手に心臓が跳ねた。
「び、びっくりした…」
「それは俺の台詞だ!」
「ごめんなさい亮君」
始めから謝ってばっかりだ。苦笑いを浮かべてみんなの背中を追った。
***
「揃ったな。各自、自由に体を動かしておけ!結花には備品の説明をする。着いて来な」
「はい」
別荘の裏に回るとコートが3面。その他にもトレーニング室など、本当はどこかの施設なんじゃないかと疑わせるほどの設備の整いの良さ。
「何周りに見惚れてやがる」
「あ、いえ。本当に良い環境だなと思って」
「合宿をやる為に造ったんだ当たり前だろ。なぁ樺地」
「ウス」
ウスって言っちゃう樺地君も樺地君だ。あれやこれや説明を受けていると、大きな倉庫の前で足を止めた。
「そしてここが…」
目の前の大きな扉を開く。もちろんセキュリティ付きだ。
「わぁ」
感嘆の声もこれで何度目か、それは仕方ない。本当に本当に目の前の光景に驚きっぱなしなんだから。
「大抵の合宿で使う備品はここに揃っている。これがリストだ。暇なときでも見ておきな」
「わかりました」
「…っと」
跡部先輩が時計を確認する。
「そろそろ立海が到着する頃だ。出迎え行くぞ」
「え」
「どうした。行くぞ」
「は、はい」
…とうとうこのときが来てしまった。嫌だな、変に緊張してる。
***
「宜しく頼むよ、跡部」
「あぁ」
知ってる。この人は幸村さん。後ろに居るのが真田さんで…あと…
「ところで跡部」
「なんだ」
「樺地君の後ろに居る女の子は誰かな?」
「アーン?…何隠れてんだオマエ」
「ひうっ…!」
折角樺地君の後ろに隠れてたのに…!引っ張り出されて柄でもない声を出してしまった。
「あー!オマエ何で隠れてんだよぃ」
「えへ、へ」
赤い髪の丸井さん。テニスコートで会った時と同じ色のガムを目の前で膨らませる。綺麗な黄緑色。
「この間振りです、丸井さん」
「なんだ知ってんのか」
「はい」
「そうか、ならいい。…それじゃあ俺様は先に戻るぜ。立海の奴らに部屋の案内したら戻って来い。行くぞ樺地」
「ウス」
「ええっ!」
私や立海の人たちに背を向け、樺地君を連れて行ってしまった。
樺地君は心配そうな顔をしてくれたけど、私が“大丈夫”と笑顔を見せると安心したように跡部先輩の後を追った。
…跡部先輩、口元が笑っていた気がする。
「お前さん、瑞河結花と言ったか?」
「っ!?」
取り残され、2人の背中を追っていた視線を戻すと、至近距離にあった顔に思わず息を飲んだ。
「やめたまえ仁王君。驚いているでしょう」
「プリ」
ぷ…プリ…?