05 怖いのもたまには
準備室に入ると更に薄暗く、薬品の臭いが強くなった。
「あれ、日吉君?」
入ったばかりのはずなのに、日吉君の姿が見えない。1人で奥に行ってしまったのだろうか、実験道具が並ぶ準備室の薄暗さに恐怖心が込み上げてくる。
自分が思っていたより恐がりだったのかもしれない。
「そうだよね。小さい時、亮君とお化け屋敷入って…怖くて泣いて動けなくなったっけ…」
ははっ、と乾いた笑いが無意識に出てきた。
「もう…日吉君どこ…」
自分が恐がりだと再認識したら、周りを意識してしまってもうどうしようもない。
ぴちゃん、と水道から零れる滴の音にも肩を震わせる。あぁ、何で意識しまったんだろう。そんなに広くない準備室なのに、どうして日吉君の姿が見えないの?
「おかしいなぁ…」
私が足を止めた瞬間だった。
ガシャン!!
「っ!」
突然ガラスが割れる音に、言葉が出ないくらい息が詰まると同時に、全身にヒヤッと寒気が走る。
「だれ、日吉、くん…?」
泣きたくないのに、ジワッと目頭が熱くなってくる。
「ねぇ、日吉君?」
震える声で壁を伝いながらガラスの割れた方に歩いていくが、破片が散らばっているだけで日吉君の姿はなかった。
「もぉ…やめてよ」
どうやら実験用のビーカー落ちたようだ。
グズグズと嘆きながらも、床に散らばった破片をかき集めるが、素手でやったのが間違いだったみたい。
「いた、」
切り傷からうっすらと血が滲むのを見て小さく溜息を吐く。
「絆創膏持っておけばよかったな」
水道水で傷口を洗い流す。
なんだろ、怖さで気を張りすぎたのか…精神的に疲れたかも。
指先が冷えるのを感じながら「ふぅ…」と肩の荷を降ろす。
「……あ…」
今顔を上げたことを物凄く後悔する。何で、どうして…ちょうどよく目の前に鏡なんてあるんだろう。
「…っ!きゃぁあ!!」
思わず出てしまった叫び声とともに目を見張る。
理科室特有のアレが、さっきまで一回も見なかった人体模型が…鏡越しに私の後ろに立っていたのだ。
力が抜けてペタンと座り込んでしまうと、パタパタと後ろから聞こえる足音に両手で耳を塞ぐ。言葉にならない悲鳴が口から漏れる。
「はっ、いや…っ!」
どんどん近付いてくる感覚に無意識に肩が震える。
日吉君…!!
「っ!!」
突然ふわりと頭に手が乗って、ビクリと体が弾んで反射的にその手から逃げるように体を伏せる。
「瑞河」
聞こえない、何も聞こえない…──
「おい、結花」
え…?
「悪い、からかい過ぎた」
耳のそばで声が聞こえて肩の震えが小さくなる。そして伏せた体が、その人の手で起こされた。
「日吉、くん……?」
ゆっくりと振り返ると、罰が悪そうな目で私を見ていた。
「ふざけ過ぎたみたいだな」
「…ふ…ぁ……」
日吉君の言葉に全身の力が抜けて、涙が溢れてきた。
「こわ、かった…」
途切れ途切れ出てくる言葉に日吉君は顔を歪ませて、私の頬を伝う涙を拭き取っていく。
「…帰るぞ。立てるのか?」
「腰、抜けちゃって…足も震えて、もうちょっと待って」
そう言うと、震えている両足を見て、また私と視線を合わせる。
「腕に力は入るな?」
「あ、うんっ」
「スカートの中に何か履いてるか?」
「スパッツ履いてるけど…」
「じゃあ、俺の首に腕を回せ」
「えぇっ!」
突然の言葉に目を丸くする。でも、こんなとこで冗談を言う訳ないし。
「でも…ひゃあっ!」