16 青い刹那
「……」
結花に何かあったのか。そう言われてドクンと心臓が鳴った。
部室に向かう途中も、擦れ違った向日さんと芥川さんから「結花が変だ」と言う話し声が聞こえた。
だが、その直ぐに「若、お疲れ!」と俺の横を走りすぎた結花から“変”と言う雰囲気は読み取れなかった。
部室に入ると今度は何だ。宍戸さんと鳳も同じ様に「結花が変だ」と口を揃える。
俺が知るわけ無い…が、鳳が発した“昨日”と言う言葉に気持ちが曇る。
クレープ屋で切原の存在に気付いてなぜか思った。
“結花の存在が切原に知られない様に”と──
そう思ったら自然に腕が伸びていて、結花の腕を引いていた。だがそれも叶わず、結花が切原に綻んだのを見てどこかが痛んだ。それでその腕を離してしまった。
その直後だ…これが「結花が変だ」と言う理由に繋がるかはわからないが、目の前で切原が結花に渡していたアドレス。
結花は律儀だ。それを無視するとは思えない。その返信を待っていて様子が可笑しいと言うのなら…良い気はしない。
「あなたがそう言う風に結花を心配するのは…幼なじみだからですか?」
皮肉を言うつもりは無かったが、宍戸さんがあまりにも真剣な目を向けてくるから、それにも苛立ちを感じた。
俺たちより結花と居る期間が長い分、あいつの異変に気付くのも早い。微かに焦りのような不安感を感じる。
「──下剋上だ」
***
「ゲームセット!ウォンバイ芥川!6−4!」
向日先輩とジロー先輩の試合はジロー先輩の勝利で幕を閉じた。
「こんなもん、かな?」
私なりに分析し、まとめたスコアとメモを手に跡部先輩のところへ持って行く。私の名前呼んでる気がするけど、向日先輩たちに捕まったらまた尋問されるもんね。
「跡部先輩」
「来たか」
部室の椅子にどっかりと座っている彼の目の前に立つ。
「今の向日先輩とジロー先輩の試合まとめてみました。あと気になった点とかも書いておいたので、確認お願いします」
「あぁ、ご苦労だった」
手渡したスコアに簡単に目を通すとそれを膝に置き、私を見上げる。
「来週から合宿が始まるが準備は出来てるのか?」
「え?まぁ…それなりに」
「フン。ならいい」
頭に“?”が3つくらい浮かぶ。
「場所が軽井沢に変更になった。お前にまだ伝えてなかったからな」
「軽井沢…ですか」
「お前んとこの別荘があるだろ。その近くにうちのもある。わかるか?」
そう言えば、最近何個ものテニスコートが完備された別荘が建ったとお父さんから聞いた。跡部先輩の家だったのか。お父さんは知ってただろうけど。
「お前だけで2校の世話出来んのか?」
アーン?と私の様子を伺う跡部先輩にピクッと眉が反応する。その顔を見てハンッと鼻で笑って口を開く。
「余計なお世話だったな。お前の働きは俺も監督も含め、あいつ等も認めてる。俺様の言葉は冗談として受け取っておけ」
「そーしますー」
ムッとはしたものの一応は褒められたのだ。まぁいいかな。
「それじゃあ練習に戻ります」
「結花」
「はい?」
部室を出て行こうと半歩足を動かしたところで呼び止められ、再度跡部先輩に目を向ける。
「立海の奴らに現を抜かすんじゃねーぞ」
「なっ!?そんなことしません!失礼します!」
荒々しく部室を出る。扉を締め切る前にまた鼻で笑うような声が聞こえたが、無視。
褒められて少し喜んでいたのに…うぅ。
悲しい気持ちを抑えながらテニスコートに向かった。
「チッ。まだまだガキなんだよ。お前らは」