novel
□ 夢物語のはじまり
1ページ/1ページ
大きくなったら、ぜったい帰ってくるから!そしたら、‥‥
ピピピ、ピピピ。
手探しで目覚まし時計を止め、むくりと起き上がる
「‥懐かしいですね。」
幼い頃、仲良くしていたツーくん。親の出張で引っ越してしまったツーくんと最後に交わした会話。
「はひ?そしたら、‥‥何でしょう?」
少し考えたが分からず諦め、学校へ行く準備を始めた。
「今日は転校生の紹介をします。さぁ入って。」
今時転校生なんて珍しいですねと思いながらぼんやりと眺める。
教室からは黄色い声が交わされている。声に促されるようにその人を見てみると、西洋を思わせるような色素の薄い髪と肌をした男の人だった。
先生が挨拶を促す。転校生は頷いて話し出した。
「沢田綱吉です。昔この辺に住んでいました。慣れない事もあると思うけど、どうぞよろしく。」
はきはきとした話し方や最後に浮かべた笑顔に女子は釘付けだ。
男子にも好評みたいで先生の目を盗んで話し掛けたりしている。
「じゃあ沢田君は右後ろの席ね。」
「はい。」
小さな足音を立てて歩いてくる。
右後ろの席はハルの隣の空席ですし、挨拶とかした方がいいんでしょうか。
「あの、」
「‥ハルちゃん?」
「はひ?あの、どなたですか?」
あ、まずいです。今の会話で一瞬にして尊敬と敵対の眼差しが生まれました。
平凡な生活を送ってきたのに、これじゃ台無しです。
何とかこの場を逃れる方法を考えていると、転校生はにこりと笑った。
「え‥‥?」
がばり。
そんな音がしそうな程躊躇もなく、転校生はハルに抱き付いてきた。
「はひ?!へ、変態!離して下さい!」
「待って待って、俺だよ、昔一緒に遊んだだろ?」
そう言われて、昔会ったことがあったでしょうか?と考えを巡らす。
転校生の顔をじっと見ていたら、なんだかぼんやりと今朝見た夢が浮かんできました。
‥もしかして‥‥、
「‥‥‥ツーくん?」
「うん。」
ジタバタと暴れていたのを止めてじっと顔を見る。
背が高くなって、それは幼い頃だったから当たり前なんですけど、カッコイイこの人があのツーくん?
嘘だと言ってやりたいが、笑顔はあの頃のままで。
「ただいま、ハルちゃん。」
「うぅ、おかえりなさい。」
こんなに至近距離なんて、恥ずかしくて顔も見れない。
「お取り込み中悪いんだけど、席に座ってくれない?」
「はひ?」
先生に言われて改めて今の状態を見ると、教室で2人抱き合いながら話し続けていた。
一気に顔が赤くなって、腕の中から逃れ離れる。
敵対視していた女子が教室に響くように叫んだ。
「2人はどういう関係なんですかぁー?」
その声に反響するように教室が騒めき出す。
それ私も聞きたぁい。三浦さんずるいよねぇ。お前ら付き合ってんのー?
冷やかしが聞こえてきて耳を閉じたくなる。早く否定しなくては。
「あの、唯の幼なじみ、」
「婚約者だよ。」
「‥‥へ?」
え、今さらりととんでもない事を言いませんでしたか。
「あの、ちが、」
「うっそーマジでー?!」
「きゃあ!素敵!」
「あり得なーい!」
弁解しようと思ったのに周りに圧倒されて声が消えてしまった。
先生に助けを求めると、1時間目は自習ねーと退散してしまった。
ハルの味方はいないのですか‥。
落胆しているハルとは対称的に、ツーくんはにこにこと笑っていた。
「何てこと言うんですか!どうしてくれるんです!」
「あれ?知らないの?おばさんにはもう言ってあるんだけど。」
「はひー?!」
お母さんにまで裏切られるなんて‥。ハルはもうだめです‥。
「大丈夫だよ。俺がいれば大丈夫だよ、ハルちゃん。」
「ツーくん‥‥。」
そもそもの原因はあなたなんですけどね。心の中でこっそり悪態を吐いておいた。
「それに約束しただろ?」
「約束?」
ツーくんは本日3回目の笑顔を向けた。ただし、今度はハル限定のとろけるような笑顔で。
ハルの頭の中に今朝見たの夢が蘇る。
大きくなったら、ぜったい帰ってくるから!そしたら、‥‥
「帰ってきたら、今度はずっと一緒にいようって。」