novel

□ 恐怖と滴と安心と
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「おい、誰の許可とって此処歩いてんだよ。」
「はひ?」

それは、昼下がりの事件。




「黒曜以外の奴が此処を通り抜けていいと思ってんのかよ。」
「そんな事言われましても‥。」


友達への誕生日プレゼントを買う為、たまには黒曜に行ってみることにした。
今通っている道は黒曜のデパートに行く為の近道。
向こうの階段を上れば直ぐにでも着くだろうといったその時に、そんな事を言われても困ってしまう。


「此処等は俺たちの私有地なんだ。勝手に歩いてんじゃねぇよ。」
「ご、ごめんなさい‥。」


謝るのは少し癪だが考える暇もなく謝る。1人しかいなかったのに、相手はいつの間にか3人に増えてきた。


「じゃあこれで‥。」


大回りにはなるが、端にある道路脇の歩道から行こうと足を踏み出す。


「だから歩くなって行ってんだろ!」
「はひっ!」


もう嫌です‥。怖いです‥。
誰か‥‥‥


「何をしているんですか?」


また1人、誰かか現れた。


「ふ、副会長!」
「何をしているのか、と聞いているんですが。」


聞き覚えのあるその声の主は‥、


「骸さん‥。」
「お前、六道さんに馴れ馴れしいぞ!」
「今すぐ謝れ!」
「六道さん、直ぐに謝らせます!」
「彼女は僕の知り合いです。」
「「「え゙。」」」


骸さんはハルを庇うように前に立ち、大丈夫ですか?と聞いてくれた。
はいと答えるが、未だ恐怖は残り安心するのに時間を要する。
骸さんは安心させるようににっこりと微笑み、そしてハルを背にくるりと向き返った。


「ところで君たち。」
「は、はい!」
「まだ理由を聞いていませんが。」
「そ、その‥。」
「ええっと‥。」


しどろもどろに話す黒曜生の人たち。逃げ腰で震えているのが見て分かる。


「話になりませんね。今日の所はいいでしょう。今すぐ立ち去りなさい。」
「「「は、はい!すみませんでした!」」」

あぁ、君たち。顔を覚えておきましたから覚悟しておきなさい。


ひぃと恐怖の叫びを残して走りだす黒曜生の人たち。
ハルからは見えませんが、声からひしひしと骸さんの怒りが伝わってきます。
黒曜生は去り、ハルは安心してほっと息を吐きます。


「はぁ‥。」
「大丈夫ですかハルさん。」
「はひ、何とか。助けて下さってありがとうございました。」
「この辺りは物騒ですから、今度からは僕を呼んで下さいね。」
「そうします‥。」


もうあんな事件はこりごりです。骸さんが来てくれなかったら、‥‥考えたくもありません。


「ハルさん?」
「‥はひ?」
「そんなに怖かったんですか?」


骸さんがすいとハルの頬に手を添える。
自分でも気が付いていなかったが、目から滴が零れていたらしい。


「はひ、大丈夫ですよ、ちょっと安心してしまってですね‥‥。」


自覚してしまうと、後から後から滴は零れてくる。
骸さんが困ってしまうのは分かっているのに、なかなか言うことを聞いてくれない。


「ハルさん‥。」


不意に背中に重みを感じる。
ちらりとその重みを確認すると、それは骸さんの学ランだった。


「これで見えませんから、落ち着くまで泣いてください。」


泣かないで、ではなく、泣いてください。

そんな事を言える優しい人は、骸さんの他にいるでしょうか。


「‥ありがとう、ございます‥。」


身体を包む温かさに、少し委ねることにした。






恐怖と滴と安心と


(もう、大丈夫です。)
(宜しければご一緒してもいいですか?)
(はい、お願いします!)
(彼等には少し痛い目を見てもらわないといけませんね。)
(はひ?何か言いましたか?)
(いえ。では行きましょうか。)





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