novel

□ お買い上げはお早めに
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う〜ん、どれにしましょうか‥。

ハルは新しいテレビを買いに電気会社に来ていた。
沢山のデザインやオプションがあり、どれが自分に合ったテレビなのか見付けるのに困り果てていた。

「はぁ。」

小さく溜め息を吐く。カタログを開いて説明を読んでみるが、書いてある事が多すぎて余計に分からない。
1つ1つじっくりとテレビを見ていた時、ハルは後ろから声を掛けられた。

「テレビをお探しですか?」
「はひ?」

振り返ると、そこには優しそうな笑顔を向けている男の人がいた。
よく見ると、グレーの上着には電気会社の名前が書いてあり、首には名札のような物が掛けられていた。

「お困りでしたら説明させて頂きますよ。」
「あ、お願いします‥。」
「ではこちらへどうぞ。」

話し掛けてきた男の人は、この電気会社の従業員さんだった。
誘導されて後ろを歩いていく。

「何処の商品をお探しですか?」
「えっと、特に何処かは決めていないんです。」
「それでは先に大きさを決めましょうか。当店では型別に展示していますので、見比べて商品を決めましょう。」
「はい。それでお願いします。」
「畏まりました。」

従業員さんは丁寧に対応してくれた。
よく分からなかったカタログも、分かりやすく纏めてくれて、ハルは沢山あったテレビの中から、2台までに絞ることが出来た。

「はひ、迷いますね‥。」
「クフ、ゆっくり決めて頂いて結構ですよ。」
「このポイント還元って何なんですか?」
「これはお買い上げ頂いた料金から、一部をポイントとしてお還しするサービスですよ。」
「12%ってことは‥はひ!7000円も還ってくるんですか!」
「そうですね‥今なら15%にさせて頂きますよ?」
「はひ、そんなこと出来るんですか?」
「えぇ。」

従業員さんはにこりと笑って、胸ポケットから機械を取出し、ポチポチと打ち始めた。品番をレーザーで読み取って少し操作する。
従業員さんは視線を機械からハルに移し、もう一度にこりと笑った。

「15%にしておきました。お買い上げ頂く時には、僕に声を掛けて下さいね。確認させますから。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「いえ。もう少し詳しい資料があるか探してきますね。少しお待ち下さい。」
「はい。」

従業員さんは軽く一礼して奥へ向かった。
ハルは先程決めた2台を見比べて考える。

こっちの方が明るいでしょうか‥?でもあっちは節電出来るし‥。

う〜ん、と考えていると、後ろから声が掛かった。

「説明しましょうか?」

振り返ると、先程の人とは違う従業員さんがいた。

「えっと、どちらの方が良いとかありますか?」
「別に‥。部屋に合った方を選ぶと良いと思います。」
「はひ、そうですね‥。」

会話が止まってしまう。
従業員さんは黙ったままなので、ハルは部屋に合った方、というアイデアを加えて考え始めた。

「どうしましょう‥。」
「‥‥」
「場所を取るのは困りますしね‥。」
「‥こっちの方が場所は取らないと思います。」
「はひ?」

隣から声が聞こえたので驚いた。
隣には従業員さんしかいなくて、無口そうなこの人が喋ったと理解するまで数秒を要した。

「あ、そうですね。ありがとうございます。」
「‥いえ。」
「―‥‥千種。」
「?」

不意に聞こえた声が、何処か聞き覚えのあるものだったので、気になって振り返った。
そこにいたのは、先程まで説明をしてくれていた従業員さん。

「あ、」
「千種、後は僕が変わります。」
「分かりました、骸様。」
「‥‥あ、ありがとうございました!」

向こうに行ってしまう従業員さんに少し遅れてお礼を言う。
従業員さんは軽く頭を下げて去っていった。
そのままぼんやりしていると、隣から声が掛かった。

「――‥お客様。」
「は、はい。」

不意に呼ばれたのでびっくりして従業員さんを見ると、従業員さんは少し不機嫌そうな顔をしていた。
何か悪いことしちゃったでしょうか‥、と不安になるが、目が合うと従業員さんの強ばった顔は少し緩み、すっと何かを差し出された。

「詳しい資料です。宜しければ参考にして下さい。」
「ありがとうございます。」
「いえ。」

渡された資料をじぃっと見る。
所々書き込みがしてあるのは、きっとこの人が書いてくれたのだろう。そう思うと嬉しくなった。

「今日はご購入なさらないんですよね?」
「はい。今、手持ちが少なくて‥。」
「次に来られる時も、僕をお呼び下されば説明させて頂きます。」
「あ、ありがとうございます。」
「‥‥僕は火曜と金曜以外はいますので、出来ればその時に来て頂けますか?」
「‥はひ?」
「僕がその場にいない時でも、来たら呼ぶように手配しておきますから。」
「え‥、ややこしくなるからですか?」

ハルがそう言うと、従業員さんは綺麗な微笑みを浮かべて、ハルに言った。




僕以外の人に任せたくないからですよ。



(はひ、あの、それって‥。)
(これをどうぞ。またのご来店をお待ちしています。)


電気会社から出ていくハル。
手元に残ったのはカタログと資料と、あの人の名刺!







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