novel

□ たとえば花と緑
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「う〜ん、どうしようか‥‥。」

ぶつぶつと独り言を言いながら、デパートの各フロアを歩いていく。
辺りを見回すと、どのフロアにも、ホワイトデー、の文字が大きく表示されていた。

「お返し‥した方がいいよな‥‥。」

僕が滅多に来ないデパートに、わざわざ来た理由。それはバレンタインデーのお返しを買う為。

丁度1ヶ月前のバレンタインデーに、僕はあの子からバレンタインチョコを貰った。
あの子、雛森さんのしゅごキャラのスゥは、日曜日のバレンタインデーにわざわざ僕の家までチョコを持って来てくれた。
スゥのことだから、きっと他の子たちにもあげてるだろうけど、当日にチョコを貰えたっていうのは、やっぱり嬉しかった。

「‥‥はぁ。でもなぁ、お菓子ならスゥが作る方が美味しいし‥。」

お返しに、真っ先に思い浮かんだのはクッキー等のお菓子だった。
だけど、料理を得意とするスゥにお菓子をあげるのも何だかなー、と思い、考え直すことにした。

「妥当な所でアクセサリーとかかな。‥いや、だけどあの子の好みとか知らないし‥。」

まぁ、取り敢えず行ってみようと、僕はアクセサリー関係の店があるフロアへ行く事にした。

フロアに着くと、女の子しか来なそうな店に何人か男もいて、内心ほっとした。
まず軽く散策して、次に良さそうな店の目星を付ける。
店に入るのは多少抵抗があったが、胸の内で気合いを入れて、店に足を踏み入れた。

「(‥うわぁ。女の子の店って感じだなぁ‥‥。)」

もはや未知の空間といった様子で、色々なアクセサリーが所狭しと置いてある。
一瞬退きそうになったが、何とか踏み止まる事ができた。

「(‥‥取り敢えず、見てみよう。)」

一周するだけでも気力を使いそうだが、スゥの為、を合言葉にアクセサリーを見始めた。

「(指輪‥、ブレスレット‥、)」

どれも可愛いとは思うが、スゥをイメージするような物が見当たらない。
どうせあげるなら、やっぱり喜んで欲しい。
1つ1つ見比べて、じっくりと探す。

店の半周まで来た所で、僕はふと大事な事を忘れていた事に気が付いた。

「(‥そういえば、あの子、普通のサイズじゃ合わない、よな、‥‥、)」

‥‥はぁあ。
‥しゃがみこんで項垂れてしまいたいくらい落ち込む。
実際にはそんな事も出来ず、頭を掻く程度に抑えたが。

「(僕ってどっか抜けてる‥。)」

もう店を出てしまおう。
そう考えて、出口に向かおうとした時、店員が近付いてきた。

「何かお探しですか?」
「いえ、別に‥‥、」

いいです、と言おうと思っていた僕は、店の一角にある物に目が止まり、意識がそちらにいってしまった。
まさしくそれは、スゥのイメージ通り。僕の望んでいた物。

‥ただ、やはり問題は‥‥。
‥‥いや、スゥの為。スゥが喜ぶ為に、何とかしてみるか。

「‥お客様?」
「あ、はい。‥‥‥えっと、すみません。あれって‥――、」






―――――
――



そして、遂にホワイトデー当日はやってきた。
僕は学校で着ているようなスーツじゃなくて、ジーパンにシャツとジャケットといった私服を着て、車に乗って自宅を出た。
車を走らせ向かう先は、唯1つ。
あの子の所へと、僕は向かった。

目的の家に着き、僕は車から降りて門の前に立つ。
軽く深呼吸をした後、ゆっくりとインターホンを押す。
暫らくすると、家の中から返事と共にドアが開いた。

「はーい。どちら様‥、」
「こんにちは、雛森さん。」
「二階堂先生?!」

僕に驚いた雛森さんの声で、家の中から不思議そうな声が次々と聞えてきた。
そして雛森さんのしゅごキャラたちや妹さんも、ドアから顔を覗かせる。
その中に、あの子もいた。

「どうしたんですかぁ〜、あむちゃん。」
「やぁ。こんにちは、スゥ。」
「わぁ、せんせーですぅ!こんにちは。」

お目当ての子、スゥは、僕を見るとすぐにふわりと飛んできた。
にこにこと笑顔を絶やさない彼女を前に、僕の緊張は解ける。
自然と僕も笑顔になるのを感じながら、今日此処に来た目的を果すべく、まずは雛森さんに尋ねた。

「雛森さん。スゥと出掛けたいんだけどいいかな?」
「へ?別にあたしはいいけど‥。」
「どうしたんですかぁ、せんせー。」
「‥え〜っと、その、‥スゥ。」
「はぃ?」

僕はポケットの中身を確認し、スゥと向き合う。
いよいよ渡すとなると、やはり恥ずかしくなってくる。
だけど遂に意を決し、ポケットから小さな箱を出して、スゥの前に差し出した。

「その、バレンタインデーの、お返し。」
「スゥに、ですか?」
「うん。よかったら貰ってよ。」

スゥは僕と箱を見て、恐る恐る、ゆっくりと、箱に飛んできて受け取った。
もしかして嫌だっただろうか、という僕の不安はスゥの一言で消えた。

「‥‥嬉しいですぅ‥!」

本当に、本当に嬉しそうにスゥが言うから、僕まで嬉しくなる。
開けてもいいですかぁ?、と尋ねるスゥに、いいよ、と僕は応えた。

「わぁ、可愛いですぅ。せんせー、ありがとうございますぅ!」
「気に入ってもらえたみたいでよかったよ。」
「着けてみてもいいですかぁ?」
「もちろん。」

スゥはいそいそと被っていたキャスケットを脱ぎ、僕のあげた物を着け始めた。

僕がスゥにあげた物は、花のコサージュが付いたカチューシャ。
もちろんサイズも考えてある。

あの時、店で見つけた物は、淡い緑色のクローバーが中央にある、花のネックレスだった。
一目見て気に入ったそれは、スゥにそのままあげるにはサイズが合わない。そこで、僕は店員に頼んで手作り用の手の平くらいの輪を用意してもらった。
後は帰ってから、まず輪を切って、カチューシャのように曲げて、耳に掛ける部分を丸く削る。そしてネックレスから花の部分を抜き取って、自作のカチューシャと接着する。
工作を得意とする僕は、多少苦戦しながらも何とか作り上げる事ができた。

そのカチューシャを、スゥが嬉しそうに着けている。
そんなスゥを見ながら、やっぱりスゥに似合っているなと思った。

「どうですかぁ?」
「うん。似合ってるよ。」
「せんせーからこんな素敵なプレゼントが貰えるなんて、スゥは幸せ者ですねぇ。」
「はは、大袈裟だなぁ。」

一緒に笑い合いながら、ふんわりと笑うスゥに少し見惚れる。
この笑顔にはいつも、癒しや幸せの効果があるんじゃないかと思ってしまう。

僕はこほんとわざとらしく咳をして、スゥに話し掛けた。

「そこの可愛いお嬢さん。僕とドライブに行きませんか?」
「せんせー‥?」

目をぱちくりとさせるスゥに軽くウインクをして、車の助手席のドアを開く。
そしてもう一度、如何ですか、お嬢さん?、と尋ねると、スゥはにっこりと笑って、はいっ!、と応えた。

「お嬢さん、どちらへ行きたいですか?」
「せんせーと一緒なら、何処でも楽しいですよぉ。」
「‥なら、お花見にでも行こうか。」
「はい。楽しみですぅ。」

助手席にスゥが座ったのを確認してからドアを閉め、僕も運転席へと移る。
玄関口でぽかんと呆けているにいる雛森さんたちに、夜までには送りに来るよ、とだけ告げて、僕はエンジンを掛けて発車させた。



バレンタインデーに、君から貰った幸せを3倍にして、今日は君にお返しをするよ。
少しでも多く、スゥを笑顔にしたいからね。





たとえば花と

君を笑顔にする、ホワイトデーの贈り物



(お花さん可愛いですねぇ〜。)
(スゥの方がかわい、‥って何言ってんだ僕は。)
(せんせー?)
(あ、うん、‥可愛いね。)







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