novel

□ さようなら
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「‥‥一時、帰国‥‥?」
「‥うん。そうなんだ。」


真剣な表情でなぎひこから告げられた内容は、あたしの予想を遥かに越えていた。
大事な話があるんだ、と言われて、ガーディアンの話かな?とか、デートのお誘いかも‥!とか、そんな他愛ない話を予想していたのに‥。


「‥‥それ、って‥、なぎひこが、また外国に行っちゃうってこと?!」
「‥‥‥ごめん。あむちゃん。」
「‥‥なぎひこが、外国に‥‥。」


なぎひこが舞の修行をしている事は知ってる。
外国に行ってた事も知ってる。
‥‥でも、また外国に行っちゃうなんて、考えてもみなかった‥。


「‥まだ僕は、修行中の身なんだ。藤咲家を継ぐ為にも、僕は中途半端のままではいられない。」
「‥‥そ、っか‥。」


なぎひこの意志は固いんだ。
‥あたしの事なんて、どうでもいいんだ。
悲しくて、寂しくて、耳を塞いで蹲りたくなる‥‥。
蹲るのを我慢して、下を向いて伏くに留める。
それでもあたしの心はぐちゃぐちゃで、心にバツが付きそうになる。
そんな、落ち込んだあたしを救い上げてくれたのは、なぎひこの声だった。


「――‥帰ってくるから。」


一瞬、反応が出来なかった。
何を言ったのかさえも理解出来ない。
やっとの事で頭を回転させて、なぎひこが言った言葉を反復した。


「‥‥帰って、くる‥?」
「うん。僕の帰る場所は、ここだからね。」
「‥ほんと?‥本当に、帰ってくる?」
「うん。必ず。」


顔を上げると、なぎひこと視線が交わった。
それはつまり、なぎひこがあたしをずっと見ていてくれたってこと。
反らされることのない視線は、次第にあたしを安心させた。
なぎひこはそんなあたしを見て、にこりと笑い、話し始める。


「あむちゃん。‥‥僕は、修行中の身で、いつ帰ってくるかまだ分からない。」
「‥‥うん‥。」
「‥‥悲しい思いや、寂しい思いもさせると思う。‥‥でも、絶対、帰ってくるから‥。」
「‥‥っ、うん‥。」
「‥‥だから、あむちゃん‥、」


なぎひこの言葉が途切れる。
見つめ合ったまま、何も言わず、ただ時が流れた。
お互いに黙ったままの、数秒か数十秒の時間が、長い長い時間に感じる。
あたしは言葉の続きを待った。


「‥‥待ってて、ほしい‥。」


泣きそうに歪んだ顔で、なぎひこはそう言った。

そんな顔しないで。あたしまで泣きたくなる。
心の中ではそう言えるのに、言葉が詰まって声に出来ない。
伝えたくて、伝えられなくて、歯痒くなって視線を反らす。
そしてなぎひこの手が視界に入った時、あたしは気付いた。
よく見ると、なぎひこの手は少し震えている。

なぎひこもあたしと一緒なんだ‥。
寂しいのは、あたし1人じゃないんだ‥。

すーっと、胸に突っ掛えていた物が取れたような気がした。
‥‥あたしは、大丈夫。
1人じゃない。なぎひこは絶対帰ってきてくれる‥‥。

下げた視線をもう一度上げ、なぎひこを見つめる。
すぐに交わる視線に安心した。
自分を落ち着かせる為に深呼吸をして、にこりと笑顔を作る。
なぎひこと一緒なら、あたしは、頑張れる気がするから‥‥。
気持ちを言葉に込めて、大好きななぎひこに、笑顔で伝えた。


「‥‥、ずっと、待ってる!」


一瞬置いて、破顔させたなぎひこは、ぎゅっとあたしを抱き締め、ありがとうと呟いた。








離れるくらいじゃ、
この気持ちは消えないよ





*****



あとがき。

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