novel
□ 私の、空。
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風がびゅうと草木をすり抜け、葉を散らして通り過ぎていく。
標高が上がる程に風力は上がっていき、大きな力となる。
ボンゴレファミリーは傘下のファミリーを集めた会合の帰り、見晴らしの良い高台へと足を向け、休憩を取ることにした。
本当はアジトの外で休む事は余り良くないのだが、守護者の半分が付き添っている事で良しとした。
命を狙われる事はあれど、落とす事はないと考えたからだ。
各自思い思いに羽を伸ばす。
一緒に付き添っていたハルも軽く背伸びをし、高台の端へと歩いた。
「風が気持ちいいですー。」
風を身体に受け、その涼しい空気で張り詰めていた空気を流していく。
高台の端は崖になっていたので、少し手前で目前に広がる風景を見た。
高台からは海が見えた。
「久しぶりに海も行ってみたいですね。」
海は空の青色を写し、水平線は2つの青色を混ぜて1つにしている。
ハルはぼんやりと、しかし目を反らす事無くその風景を見ていた。
この風景を見ていて安心するのは忙しい業務に追われているからなのか。それとも何か特別な理由があるからなのか。
「‥本当に、綺麗ですね‥。」
〈‥は、‥と‥‥だ。〉
「‥はひ?」
〈私の、大切な‥。〉
「え?あれ‥?」
声が聞こえた。だがそれは直接耳に入ってくるような声ではなくて、まるで頭の中から聞こえてくるような。
「私の‥、何でしょうか‥。」
「ハル、大丈夫?」
「‥あ、ツナさん!お疲れ様です。」
「うん、お疲れ。ハル大丈夫?ぼんやりしてたけど。もしかして疲れてる?」
「いいえ、大丈夫ですよ。ちょっと海を見ていただけで‥、」
〈私の、‥。〉
ぐらり。
ツナさんと話していると急に頭の中に声が響いた。
よろめいて倒れそうになったが、何とか自分で体勢を立て直す。
「ハル?!」
「だ、大丈夫です‥。声が‥。」
「‥声?」
「何か、思い出しそうに、‥‥‥?」
「‥‥ハル?」
途中で言葉を切った事でツナさんは心配そうにしているが、ハルは返答する余裕はなかった。
思い出しそうに‥?
‥何を?ハルは何を忘れているんですか?
ぐるぐると何だか分からない蟠りが渦巻き苦しい。
だけど思い出さなければ。何か分からない感情に責め立てられ躍起になる。
「私の‥、私の‥。」
「ハル?なぁ、ハルどうしたんだよ?!」
ツナさんの言葉も耳に入らない。
今欲しい声は、ハルの欲しい言葉は‥‥。
びゅう。
風が吹いた。
見晴らしの良い高台に風を妨げる物などない。風力を抑える物などない。
高台の端に立っていたハルは一度の風によろめき、立ち位置を端に少しずらし、
びゅう。
二度の風に身体を煽られ、端の奥へ崖へと押されてしまった。
「ハルっ!」
遠くで声が聞こえる。
ツナさんの伸ばした手を掴む事が出来ず、ハルは更に落下していく。
(助けて!誰か!)
ハルは声にならない声で助けを求める。ツナさんの手にはグローブが無かった。この高さではグローブ無しでは助けられない。
ツナさん以外の人、ハルが助けて欲しいと願う人なんて‥、
〈私の、‥。〉
声がまた聞こえた。
先程よりもはっきりと。だけど言葉の全ては聞こえてこない。
(助けて!‥助けて!)
〈私の、‥。〉
「助けて!‥助けて、‥‥プリーモ!」
プリーモ‥?
何故?どうして?
ハルが言った言葉は無意識に近かった。しかし、ハルが叫んだと同時に崖の下から逆風が起こり、ハルの身体を包み込み衝撃を防いだ。
〈私の、大切な海。〉
「海‥‥。」
〈私の、海。〉
海、と呼ばれる度に次第に何かを思い出していく。
最初に脳裏に浮かぶのは、神々しいまでの金色の瞳と髪。そして全てを包み込むようなマント。光輝くグローブを手にはめている姿。
思い出の奥底、魂に刻まれた記憶に、あなたはいた。
‥‥あぁ、そうか。あなただったんだ。
どうして今まで忘れていたんでしょう。
その言葉を紡ぐのが、随分久しぶりな気がする。いや、実際に何百年も呼んでいなかった大切な言葉。
「‥プリー、モ‥!」
言葉を声に出すだけで、こんなにも息が出来ないくらいに愛おしい気持ちが溢れてくる。
どうして生きてこれたんでしょう。あの人がいない人生なんかで。
〈空は、海と一緒だ。〉
いつも一緒にいたのに。
そう。プリーモと私はいつも一緒にいた。
「―ハル!ごめん、大丈夫?!」
「ツナさん‥。」
向こうからツナさんが来てくれた。ハル、と呼びながら。
ツナさんが来てくれて、いつもは嬉しかった筈なのに、今はそれ程嬉しくはない。
空。
私の空は、あなたじゃない。
「‥っ!」
「ハル?!」
「大、丈夫‥。大丈夫です‥。」
「ハル‥?」
どうして忘れていたんでしょう。
どうして、思い出してしまったんでしょう。
(もう、あなたはいないのに‥。)
〈私の、海。〉
(プリーモ‥。私の、空‥。)
どうして、あなたは思い出させたの?
どうして、私は思い出してしまったの?
「ハル?皆の所に帰ろう。」
私の帰るべき場所は、もう他に存在してしまったのに。
「‥‥‥。」
死して尚、あなたは私を束縛するのですね。
〈空は、海と一緒だ。〉
私はプリーモとずっと一緒にいた。
ずっと一緒にいられると思っていた。
だけど、今、あなたは此処にいない。
だから、今の私は‥‥‥、
「ハルー?早く行こうよ。」
新しい仲間といきます。
「‥‥はい。ツナさん。」
気持ちを決めて踏み出した一歩は、風に押され大きな一歩となる。
存在しなくとも、生きていなくとも、空と海はずっと一緒だ。
そう言われた気がした。
思い出して良かったかなんて分からないけど、私はまだ、今の仲間と生きていく。
遠く果てで空と海の水平線が、少し揺らいでいた。
私の、空。
私が死んだら、迎えに来て下さいね。
私の空、プリーモ‥‥。