布団4
□かなしみとさよなら
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私とトクサは2人で「ひとつ」だった。
それは太陽と月のように、一方がひしひしと恩恵を浴び続けるものであったり、池と魚のように、お互いがなくてはならない相互作用をもたらすものであったり、「行ってきます」と「お帰りなさい」のように、約束されたペアではないけれど密かな希望を持って交わす言葉のようであったり。
つまりは(前文のように例えるならご飯とお味噌汁のように)、日常的にごくごく有り触れた組み合わせだったのである。
私たちは当たり前のように惹かれ合い、恋に落ちて、そして「ひとつ」になった。
その瞬間といったら、数万ピースものジグソーパズルの最後の1片が噛み合った、そんな気がしたものだった。
そして、あまり感情表現が素直でない彼から確かに愛情を感じられたものはその拙いキスだった。
拙い、と笑えば、むっとして必ず涙目になった。
なのに何度も啄むように口づけられるので、悪戯心に舌を潜り込ませたら本当に泣かれてしまったこともあった。
私はトクサを愛していた。
私の声が指が視線が、凛と佇む彼の仮面を焦がしてしまえばいいと思っていた。
瞼を閉じさせるように触れてみれば震える睫毛にすら欲情した。
でも、彼は知らない。
私がこういう想いを秘めていたことも、彼の今を想像するだけで不安に日常を隙間なく埋め尽くされていたことも、私は言葉にも態度にも噫にも出さなかったから。
こんな私を知ったら、あの人はどう思うのだろう。
まあ、今更何を考えたところで現実はひとつも変わらないのだけれど。
(いくら過去を振り返っても、あなたがいなければ意味がないのよ)
かなしみとさよなら
(知ってる?トクサ)
(何をです)
(「さよなら」と「またね」はふたつでひとつなんだよ)
(それが何か)
(わかんないかなあ)
(全くわかりませんね)
(ふふ、頭悪いね!)
(………)
ちゃんとあの時に伝えていれば、少しくらい変わっていたのかな。
ねえ、トクサ。
(「さよなら」は「行ってきます」と同意語なの。だから、ね)
お願いだから、私に「お帰りなさい」を言わせて。