Novel 1

□眷恋
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いつでも笑っていた。
思い出すのは、いつでも笑って、肩を組み・・じゃれあう子供のようにコート内で
抱き合っていた二つの身体。



ドイツへ渡る直前、壮行会で顧問と共に全部員の前に出て決意を話していた時も。
俯いて、涙を堪える多くの部員のなか、大石も例外ではなかった。
泣き出すまいと手の甲で鼻を啜りながら、顧問と俺に背中を向けた大石。

その背中に手を添え、とんとんと叩き何度も背中を擦っていた菊丸。
『しょうがないなぁ大石は』
苦笑いをしながら、けれどその背中に添えた手を離そうとせずに・・
ごく自然な仕草で引き寄せた。
当たり前のようにそっと菊丸の肩に泣き顔をよせる大石も。

いつでもどんなときでも、互いの傍らにその存在を
感じていたはずなのに。



あれから5年か。 ・・いったい、今のこの状況はどういうことなのか。



『ジャパンオープン出た?手塚』
『今年は出ないと言わなかったか、それにもう終わっただろう』
『え・・と。今、何月だっけ・・?』
『大石?』


大石の様子がおかしい。

一週間内の電話で同じ会話を二度することも、大石がそのことに気がつかないことも。
渋るコーチを必死で説き伏せ、トレーナーをスタッフを無理矢理納得させると
日本行きの飛行機に乗り込む。
10日間だけ、という約束をして。


秋の京都に突然現れた俺に、大石は困惑気味だ。
構わずランニング用のシューズを戸惑っている大石に向かって放り投げる。

「朝は6時起床、3キロ走る」
「はぁ?現役のプロ選手みたいな真似できないよ」
「夕方は5キロ、そのあと近くのコートに2時間使用許可をもらってある」
「何考えてるんだよ・・手塚。コーチは?トレーナーは?ドイツから来てるのか」
「今日から1週間だ」

捲くし立てる大石を無視して、言い放つ。あまり時間が無い。 

見た目も声音も仕草もいつもの大石と何も変わりないのに、けれど何かが違う。

何かが違う、のだ。
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