Novel 2

□忘憂
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テニスをしたくないわけではない、でもどうしてもコートに
足が向かない。
部活はとても楽しいと、確かに思っているのに。

屋上からテニスコートをぼんやりと眺める。
大石は今日は走ってばかりだ、コートには一歩も足を踏み入れてない。

そしていつの間にか姿が見えなくなってるし。


「ここにいたのか」
背後からかけられた声にぎくりと振り向く。
大石はにこりと笑って、オレに手を差し出す。
無視してぷいとそっぽを向こうとして、物凄い力で腕を掴まれる。
ぐいぐいと引っ張られ、屋上からコートへと連れ戻される。

「大石!離せっ!」
「練習を怠けたら駄目になるよ」
「テニスでしかオレに用は無いのかよ」
大石は応えない。むっとしてると両肩を掴まれる。

「テニスでしか、繋がってないんだ」
今の自分と大石と・・繋いでいるのはテニスだけだと。
何もかも忘れたのであれば、それはそれで構わないから。


「忘れたこと、責めてるだろ」
「責めてない、前の『英二』も捜さない」
そう決めたんだ・・。

その大石の言葉に、どうして手を上げてしまったんだろう。
記憶を失う前の自分を拒んで欲しくない。
それなのに前の自分を求められると無性に腹が立つ。

訳の解からない感情に、どうしてこんなに振り回されるのか。

大石とどんな会話をしてた?どんなダブルスだった?
とても知りたくて、でもどうしても思い出せなくて。
どんな風に・・大石は笑ってた?




最初に手を上げたのは英二だった。
目をぱちぱちとしていた大石が、今度は英二の頬をひっぱたいた。

「英二!大石っ!」
「ん〜・・あのふたりが殴り合ってるなんて初めてだね」
のんびりと眺めている不二と乾、手塚が今度こそ怒声を上げる。

コートからもグラウンドからも追い出され、そろって帰宅を命じられた。



殴られた頬がじんじんといつまでも痛む。
むっつりと黙ったまま着替えを済ませると、さっさと帰ろうとかばんを掴む。

「英二」
ひんやりとしたタオルが頬に当てられた。
大石は何だか済まなそうな顔をしてオレの頬にタオルを当ててくれる。
「何で急に殴ったりしたんだ?」
すとんとベンチに座ると、大石はオレの正面にパイプいすを引きよせて
腰かける。

咎めるような言い方ではない。柔らかい声は、ただ理由を聞いているのだ。
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