Novel 2

□忘却 
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最初見たとき、そんなに目を引くことは無かった。

けれど近くで向き合って、その顔をまじまじと見たときにようやく気が付いた。

奇妙な髪形をしている、のに。

すっとした鼻筋、きりりとした眉、均整の取れたすらりとした身体。
端正な顔立ちをしてる。切れ長の目がとても・・・。


「どうしたんだ?英二」
じっと見つめていたら、その人はふいに表情を緩めた。
柔らかく、優しく・・微笑んだのだ。
なんで、こんなに。

それってチームメイトを表す言葉じゃないだろ、一人でぼやきながら頭をかいて
そっぽを向く。
いくらなんでも、それはないと思うのだけれど。

なんで、こんなに・・・なんだろう。

口にしたわけではないのに、まるで周りにも聞こえるような大声で言って
しまったのではないか、と思い慌てて口を押さえる。心臓がバクバクしている。




日常生活に関することを忘れたわけではない。

自分の名前も住所も、家族の事も学校のことも解る。
そういった一般環境や言葉は理解できるようだが、自分を取り巻く環境の
一部が欠落していた。 

よりによって、『テニス』と目の前に立つ『大石秀一郎』という人の全てを。

生活していた場所のほうが記憶が戻りやすいのではないかという
家族の提案もあり、早速自宅に戻りいつも通りの生活を始めた。

もちろんテニス部の朝練も再開、『いつもの時間』を家族に教わり登校する。


そしてコートに立っている、細身の背中を見つけた。
端正なのに親しみやすさのある容貌のせいか、絶えず誰かが声をかけているし、
後輩たちも『先輩』として敬遠している様子は少しも感じられない。

「走ってくる」
軽く屈伸をして、何回かジャンプする。
身体の力を抜いてから、グラウンドを走るためにコートを出る。


『交通事故に遭った』と家族からは聞いている。
頭部打撲と意識の混濁で1週間くらい入院した後、ひどい頭痛に襲われた。
その頭痛が治まった後、気が付いた。


何か、忘れている。 ・・・おそらく、とても大切なことを。


激しい衝撃のせいで、一時的なものかもしれません。
この事態を受け入れて、しばらくは様子を見ましょう・・なんて言われても。
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