Novel 2

□忘憂
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しとしとと冷たい雨が降り続く。
傘を差して、数歩先を歩いていた大石が振り向いた。
「・・・何だよ」

大石、お前・・オレの何なんだよ?言いかけた言葉をぐっと飲み込む。

大切な親友で、ダブルスのパートナーで。

少し困ったように眉を寄せて、首を傾げた大石の唇がゆっくりと動いた。
「・・・」
雨の音にかき消されて、聞こえなかった。
ふいと視線を外した大石が、くるりと背中を向けてまた歩き出す。
立ち尽くすオレを、振り返りもせずに。



その日の部室の空気の重さに、下級生たちは無駄口を叩くこともせず
大急ぎで着替えてはコートに飛び出していく。

何ともいえない居心地の悪い空気を醸し出している原因は
集まった3年全員の深刻そうな顔のせいだ。

「白紙で答案用紙出したんだって?」
「信じられない・・」
真面目が制服を着て歩いてると、揶揄されるくらいの優等生が。
「・・で?大石は」
「職員室だ」

担任と竜崎先生に呼ばれたまま、未だ部室に顔を見せない。

いつにも増して眉間にしわを寄せている手塚と肩をすくめる不二。
タカさんはおろおろと入り口ドアに立ち大石を待っている。
「菊丸はサボりだな」
今日で3日目だと乾がノートを広げる。
全くあの2人ときたら・・・。


「大石」
タカさんの声と同時に、いつもと同じように大石が部室に入ってくる。
「遅くなった、すぐ着替えるよ」
部室の重たい空気も、その理由も解かっているだろうに。

さっと着替えを済ませた大石に無言で手塚が歩み寄るといきなりその頬を叩いた。
ぱんっ!という乾いた音に室内が静まり返る。

「手塚っ!」
「手塚・・・」
「今日はラケットを握ることは許さん、グラウンド20周だ」
「・・・解かった」
ごめん、手塚。小さく謝った大石は俯いたまま部室を出て行く。


オレたちも行こう、タカさんがぽんと手塚の肩を叩く。
「あんな状態でコートに立てるか」
呟く声が強張っていた。
「うん、大石だって解ってるよ」

テニスに集中できない時にコートに立っても、怪我をするだけだということ。
必死に走ることで何も考えない時間が、今の大石には必要だということ。

それが手塚なりの思いやりだと。皆、解かってるよ・・。
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