Novel 2

□忘言
1ページ/8ページ

欠け落ちた記憶のかけら、それを捜して有るべきところへ収めることが
できるのなら。


ボールがコートにバウンドする前にラケットに当てる。
バックハンドのボレーでは両手でラケットを持つこと、その練習が
思い通りに行かなくてがっかりして視線を落としても。
「ドンマイ、英二!大丈夫だ!」
がっちりと肩を掴んで必ず目を覗きこむ。
ただ笑顔で、責めたりもせずに・・目を逸らすことも適わない。

「サンキュ大石」
あぁたぶん・・『英二』はこうやって強くなっていったんだ。
大石とふたりで、互いを励ましあって強く繋がっていった。


大石は『こうしよう』って言うだけで、コレは駄目とは絶対に言わない。
「イメージを具代的に伝えることができるんだよな・・」
「褒めるのも忘れないしね」
牛乳パックのストローを咥えて、パンを飲み込む。
「なぁ不二、オレっていつもこんな話してたんだ?」
「3年生になる前からだよ」
限界まで練習して、へとへとになりながらも体調をキープする術を学んだ。
エネルギーの補給、ストレッチの組み合わせ。
『もうやらない!しつこいなぁ大石!』
『そうじゃない』
首を大きく横に振って、大石はなおも続ける。
思い出さなくても良いから、1つずつ少しずつ解かって欲しいんだ。
自分の身体の力を使い切る方法、青学の選手としての責任。
がっちりと腕をつかんだまま、やるというまで解放してはくれない。

その真剣さに、応えなくてはならない。




せまい部室の隅で、書類を書いている副部長の手がまた止まる。
ぴょんと伸びた触角が気になるのか、さっきから何度も指で触っている。
上目遣いで、何度も触れる様子は何だかとても可愛らしく見える。
「ヘンな髪型」
思わず悪態をついてしまう、そうしてもこの人は怒ったりしないと知っているから。
「ひどいなぁ」
一応オレは先輩なんだけど?そう言って笑うとまたノートに向かう。

いつも部活開始の時間よりもはるかに早く、この部室は開いている。
1年生である自分たちが、コートの準備をするために開けられているのだけれど。
鍵を持つ副部長は、必然、自分たちよりも先にこの場所にいる。

「ねぇ」
ぴこんと伸びた触覚を引っ張る、ついでに指先で丸い頭をぐしゃぐしゃにする。

「あ・・こらっ」
艶のある黒い髪、この人が髪を乱したトコなんて見たことが無い。
軽くたしなめる口調がとても優しく胸に響いて、もっと甘ったれたいと
らしくないことまで思ってしまう。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ