Novel 2

□潜思
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右の腕が痺れてとても痛い、足も重くて身体のあちこちが悲鳴を上げている。
極度の緊張感を強いられたせいか、身体の疲労はいつにも増してひどい。
足元がふらつく、脱水のせいだろう吐き気がする。

『負け』は『負け』だ。

たとえどんな非科学的な現象を引き起こそうが、勝つことは出来なかった。
勝つことは・・出来なかったのだ。
自分自身の不甲斐なさ、どこにも向けられない怒りや憤りで頭の中はぐちゃぐちゃだ。


「・・・・っ」
コートから離れた水飲み場で水道の蛇口を全開にして、腫れ上がった右前腕の
下の部分を集中して冷やす。
冷静さを取り戻すにつれ、頭の中で響く声がいつまでも消えない。

勝ちたかった。 ・・・どうして、勝てなかった? どうして・・・・。

噴き出す汗を拭って、用意されたアイシングのための氷で手首を包む。
氷を当てている右の手首を見つめる目に薄い水の膜が張る。

・・負け、が解った瞬間。
英二は大きく目を見開いて、信じられないという顔をした。
そのままふいっといなくなった。
誰にも何も言わずに、ラケットを放り投げて、タオルだけを取って。
俯いて・・いなくなった。

コートから少し離れた水のみ場で、勢い良く出した水で顔を洗っている背中を見つけた。
声をかけて良いのだろうか?それとも黙って立ち去るほうが・・。
どうしていいのか解からず、躊躇したまま立ちすくむ。

どうしても勝ちたかった、死力を尽くして頑張ったつもりだったけれど。

英二・・英二、ごめん。

何もかもベストな状態の英二に、自分はついていけなかった。
そして勝つことに執着する激しさが、あの二人に比べるときっと足りなかった。
勝つことへの『執念』のような凄まじさが。

「オレは間違ってないからな」
大石を試合に引っ張り出したことも、最後に止めたことも。
くるりと振り向いた英二の強い視線、未だ興奮しているらしい鋭い声。
「あぁ」
「だったらそんな顔するの止めてくんない?」
まるで自分が敗因だと言いたげな顔をしてオレを見るな。

「英二、オレは・・」
「うるさい」
もう話は終わりだというようにばさりと切り捨てられる。

黒目の大きな双眸に浮かぶ、何もかもを拒むような冷たい色。
それはまばたきと共に一瞬で消えてしまったけれど、その視線に温かみは感じられない。
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