Novel 2

□約言
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『ママどこ?どこにいったの?・・ねぇ』
『ママはもういないんだ・・もう、どこにもいないんだよ』

・・・英二をお願いします。お願い・・おにいちゃん。

泣き止まない小さな英二を腕に抱えて、大学に通ってた頃もあった。
構内のたくさんの桜が満開で、ひらひらと舞う淡い花びらの中で確かな
ぬくもりを抱いていた。

大切に大切に育てよう、英二には自分しかいないんだから・・。



さらさらと春の細い雨の音が聞こえる。
少し開いた窓から聞こえる雨の音と、蛙の鳴き声。
ここのところ、懐かしい夢ばかりを見るのはこの季節のせいだろう。

寝ぼけた頭で部屋を出るとキッチンに立つ英二に朝の挨拶をする。
いつのまにか背がとても高くなった、細くてしなやかな背中はもういない妹に
少しだけ似ている。

・・・あぁ、そうか・・英二は莉奈と同じ歳になるのか・・・。
17歳で英二を産んで、そして突然の事故で亡くなってしまったたった一人の妹。

いつも幸せだと笑っていた、柔らかな春の光のようだった。

朝食はパン、それから薄めのコーヒーとお気に入りのヨーグルト。
香ばしいコーヒーをひと口啜る、焼いてあるトーストにイチゴのジャムを
たっぷりとのせてほお張る。

「三者面談?って・・もうそんな時期か」
「オレもう高2だぞ、進路決めないとやばいって」
「何でもやりたいことを見つければ良い」
大学でも海外留学でももちろん就職でも、好きにすれば良いよ。
向かいに座る英二の皿にはトーストが2枚、目玉焼きにかりかりに焼いたベーコン、
ヨーグルトにリンゴ、それから野菜ジュース。
・・・育ち盛りだな。

「・・・聞いてる?秀一郎」
「伯父さん、だ。名前で呼ばないようにって言っただろう?」
「明日の16時からだからな、忘れるなよ」
正門前で待ってるから、秀一郎はすぐに迷子になるからうろうろするなよ。

「・・・コドモのくせに名前で呼ぶんじゃない」
「家事労働できないヤツのセリフじゃないな」
くりくりした大きな目がイタズラっぽく片目を閉じて、ごちそうさまと席を立つ。

「今日は定時?」
変更があったらメールするよ、と返事をして慌てて席を立つ。
ぼうっとコーヒーを啜っていたら、いつの間にか出勤時間が迫っていた。
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