短編
□君の声を聞いてみたいと思う
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<君の声を、聞いてみたいと思う>
回廊を歩いていると、くいっと長い袖を引かれた。
『? 遠夜様?』
振り返ると、普段は自分よりずっと高いところにある顔がすぐ目の前にあった。
『…えぇと……どうされたのですか?』
思ったよりずっと近いところにあった顔に戸惑いながら、そっと遠夜の手を取る。
二ノ姫様のようにはいかないけれど、彼に触れれば声は聞こえるから。
「やっと、見つけた」
『? 何をですか?』
「お前を。…ずっと探していた」
『きゃっ…』
ぎゅむっと抱き締められて、抱き上げられる。
急に足がつかなくなって、声が上がる。
『ど、どうしたんですか?』
「部屋にいないから、探した」
『私を……?どうしてですか?』
彼は二ノ姫様を"吾妹"と慕い、いつも側にいる。
なのに何故。
『二ノ姫様達はすでに探索に行かれて……ついていかなかったのですか?』
「今日は、お前といる」
『ぇ……?』
「お前は、いつも1人だから」
そう言うと、彼は私を抱き上げたまま歩き始めた。
『あ、あのっ…どうして……?』
「?」
彼は足を止めて私の言葉に耳を傾ける。
『私が1人なのは、いつもの事ですから……その、お気になさらず……』
そう、ずっと1人で生きてきた。
あの牢から出てから十年。ずっと1人でいた。
だから今更、誰かといるのは、つらいから。
「ダメ」
『ぇ?』
間髪入れない言葉に目を見開く。
「お前は、欠けているから。だから、1人ではダメ」
『欠けている……?』
何の事かわからなくて首を傾げる。
「そう。だから、1人ではダメ」
何が欠けているのかは、言ってはくれなかった。
でも、彼が言うほどだからと、それ以上問うのは止めた。
けれど。
『……遠夜様』
「? どうした?」
『あの………そろそろ下ろしていただけませんか?』
ずっと抱き上げられたままで、かなり申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「……離したら、声が届かない」
その言葉に申し訳なくなる。
自分が未熟だから、片割れだから、彼の声が届かない。
『……では、手を繋ぎましょう』
「手?」
『はい。こうやって……』
遠夜様の空いた片手を取って指を絡める。
『離れないように手を握れば、私にも遠夜様のお声が聞こえます』
そう提案すると、彼は戸惑ったように表情を歪めた。
「……ずっと、手を繋いでいてくれるか?」
『はい』
彼が何を不安に思うのかはわからないけれど、それだけで彼の不安がなくなるのなら。
『遠夜様が望むなら、遠夜様が望むだけ手を繋いでおります』
「……わかった」
頷いた彼は、ゆっくりと私を床に下ろした。
「繋いでいて、ずっと」
『はい』
「俺が伝えたい言葉が、いつでもお前に伝わるように」
彼は何故か、切なそうに笑いながら言った。
「…………なら、……よかった……」
『遠夜様…?』
「………何でもない」
彼が何かを呟いた。
けれどほとんど聞こえなくて問い返したけれど、彼はふわりと笑っただけ。
「行こう」
『? どこに、ですか?』
「近くに泉があった。きっと気持ちいいから」
指を絡めたまま、彼は私の手を引いた。
『きゃっ……』
「ぁ…すまない……」
こけかけた私を、彼が慌てて支える。
『ごめんなさい、大丈夫です』
「いや、俺が悪かったから……」
そう申し訳なさそうに言う彼の声も、本当に聞こえているのとは違うから。
『……行きましょうか』
「あぁ」
少しだけ淋しい。
この手の温もりがなければ、私には彼の声を聞くことすら出来ない。
<君の声を、聞いてみたいと思う>
《君と私は、似ているから》
貴方の声が聞ける二ノ姫様が羨ましい。
知りたい。
貴方の本当の声を。
貴方なら、私の事を……わかってくれるだろうか。