長編【蛍石は鈍く耀う】

□(3)まもりたいもの
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「ここ行きたい!」

ヒツメは目を輝かせて携帯の画面を見せてくる。映っていたのは絶叫アトラクションで有名なテーマパークだった。ワクワクしながら俺の返答を待つヒツメが可愛いくて、一瞬意地悪を言ってしまいたくなったが、可哀想なので必死に堪えた。

「じゃあ、今週末に行こう。」

「いいの?!っていうか、今週末?!」

ヒツメと付き合い初めて、日常は大して変わらなかった。変わったことといえば、ヒツメからする匂いと、俺がヒツメを可愛いと思う回数が増えたことだ。

「今週末!俺も行く!!」

割り入ってくるのは親友の声だ。俺達の関係を知っても、善逸は以前と変わらずに接してくれた。それが嬉しかったし、ヒツメも同じように思っているようだった。

「じゃあ善逸も行こう。」

「やった!」

へへへ、と嬉しそうに笑う善逸。俺もヒツメも、善逸が絶叫マシンに乗れない事を知っている。ヒツメを横目で見ると悪戯に笑っていた。



腹が痛くて呼吸がしにくい。服が濡れて肌に張り付いて気持ち悪い。霞む視界に、清々しいほどの青い空と涙でぐしゃぐしゃになったヒツメの顔が映る。

「ヒツメ、」

遠くで善逸の声もする。炭治郎が死んじゃうよ、と大きな声で叫んでいた。俺が死ぬ…?

「っ…、」

声が掠れる。ヒツメは泣きながら携帯を操作している。善逸が必死に誰かを押さえ付けている声が聞こえる。
3人でテーマパークに来て、それから…?

「炭治郎、もうすぐ救急車来るから!もう大丈夫だから…!」

ああ、俺に告白してきた彼女だ。彼女がヒツメを、刃物で刺そうと走ってきて、俺は咄嗟にヒツメを庇ったんだ。

「…ヒツメが無事で、良かった…。」

本当に、無事で良かった。ヒツメが死んでしまうくらいなら、俺が代わりに死んだほうがマシだ。

「何言ってるの、炭治郎が無事じゃなかったら意味ないよ…!」

ヒツメの言葉に、心が痛くなる。おれだって、ヒツメが無事じゃなかったら生きていたって意味がないと思う。
ヒツメも俺と同じ気持ちなんだ。

『…相手を尊重したり、相手の為に何かしてあげたい気持ち、じゃないかな。』

ふと、ヒツメの言葉を思い出した。

「好きって、こういうことなんだろうな。」

今になってヒツメの言っていた事の意味が分かる。もう手遅れなのかもしれない。

俺がもし死んだら、ヒツメはどう思うんだろう。

「やめてよ、そんな風に言わないでよ…!」

意識が薄れる中、ヒツメの泣き声だけがはっきりと聞こえていた。


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