長編【下弦は宵闇に嗤う】

□7.無限列車と十二鬼月
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「ヒツメ、どうしたの?」

はっと我に返る。目の前には青い耳飾りを揺らしながら不思議そうに私を見つめるお母さんが居た。

「え、あ…いや、なんでもない…と思う…。」

「今年の選別は合格者が多かったから、疲れてるのね。」

手元に視線を落とすと、まだ研がれていない生身の刀が横たわっている。

「これ私の刀じゃない。」

私の刀…?自分でも何を言っているのか分からなくなってくる。頭が混乱しているようで、なんだか頭痛がする。なんだろう、何か大事なことを忘れているような…。

「今日は休みなさい、おじいちゃんにも言っておくから。」

お母さんの声、耳飾り、刀鍛冶の里。全てが懐かしいようで、幸せに感じる。どうしてなのか分からない。
ずっとこうしていたかった、と思っていたような気がする。



「お母さんに着いていきたい。」

私の口からいきなり飛び出した言葉に、私自身が驚いた。そんな私に、お母さんは困ったように笑った。

「しょうがないわね、今回だけね。」

少し前にお父さんが病死してしまって、寂しかった私はお母さんに我が儘を言った。今まで一度も連れて行ってはくれなかったけれど、今回は許しを貰えた。

お母さんの仕事は、里で作った包丁や鋏などの刃物製品を街へ売りに出かけるものだった。売るだけでなく、持ち込まれた刃物を研ぎ直してまた使えるようにしたりもしていた。だからお母さんは仕事で出かけると数ヶ月は町に滞在して帰ってこなかった。その度に、里の長の鉄珍おじいちゃんへと預けられたけど、この時ばかりはどうしても着いていきたかった。

列車に乗って初めて町へ来た私は里とは違う煌びやかな世界に胸が踊った。だけど、それは初めだけで、少し経つと落ち着く場所が無いということに私は疲れ始めていた。

「どうしたの?何か困ってるの?」

お母さんの泊まっている宿の前で、男の子に話しかけられた。同じくらいの身長で、身なりが綺麗とはいえない男の子。

「困ってる?」

「うん、そんな音がする。」

普通は感情に音なんて表現は使わない。あるとすれば、私と似たようなものだろうか。黒い前髪から覗く瞳が不思議そうに私を見つめる。悪いことを考えている匂いはしない。

「お花、摘みたいの。」

彼は私の返答に分かりやすく顔を綻ばせると、着いてきて!と私の手を掴んで走り出した。知らない人に着いていくのは駄目だと言われたけど、同じくらいの男の子になら大丈夫だよね。

男の子が連れてきてくれた場所は、沢山とはいえないけれど、綺麗な花が幾つか咲いていた。嬉しくなった私は時間を忘れて花を摘んだ。

「喜んでもらえて良かった!」

ふにゃり、と笑う男の子。初めて会ったのに既視感が拭えない。そして何故かひどい胸騒ぎがする。
何かがおかしい。私はこんなところで何をしているんだ?



「随分と楽しそうだね、見てて腹が立つ。」

顔を上げると、そこには男の子なんて居なかった。居るのは白い羽織に青い耳飾りを付けた変な格好をした女の人。私を蔑むように見下ろす冷たい目が怖い。

「あなた、誰…?」

「私に嘘が通用すると思ってるの?」

胸の内を見透かされている。まるで私自身であるかのように。

「甘えるな、そんなの私が許さない。」

本当はなんとなく気付いていた。
過去に遡るおかしな時間も、男の子に対する既視感も、治らない胸騒ぎも。

目の前に居る、自分の姿も。

「私はこの夢から目覚めたい、でも痛いのは嫌なんだよね。」

私よりも背の高い大人の自分が背中から刀を抜く。そしてそのまま私の方へと突っ込んでくる。
私には刀なんてないのに!

「だから、弱いお前が死ね。」

躊躇なく刀を振るわれて、飛び退くことしか出来ない。だんだんと距離が詰められ、逃げているばかりじゃどうしようもない。
ついに着地の際に体勢を崩してしまった私に、淡い青色の刃が迫る。

咄嗟に背中へと手が伸びる。確かに掴んだ懐かしい感触。私の日輪刀。

「…っ!」

間一髪、刀で受け止める。ぎり、と全く同じ刀がぶつかって金属音が鳴る。本当に自分なのかと疑ってしまうほどに強い力で圧される。

「私は自分で自分が一番許せない。無力だった自分も、現実から目を逸らすお前も、全部全部!!」

そんなの分かってる。私だって同じなんだ。
これが夢だって分かっていながらそれに甘んじる自分を、一番許せないのは他でもない、私だ。

ぶわり、と私の身体が子どもから大人へと変わる。目の前の自分と同じ、隊服を見に纏った姿だ。刀を押し返して飛び退いたのは相手の方だった。すかさず、追いかけるようにして距離を詰め、今度は私が刀を振るう。

「っ…?!」

避けようと思えば避けられたはずだった。だけどもう一人の私は敢えてそれをしなかった。

彼女は、私は、死にたかった。

それはもう一人の自分も。死んで、すべてを投げ出したかった。でもそれは一番やってはいけないことだと、理解している。
甘えているのは結局目の前の自分もだ。
でもここが夢の中で、覚めることに今はどちらかの死しか手段がないのなら。

私は躊躇せずに、もう一人の自分の首に刃を振るった。


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