長編【下弦は宵闇に嗤う】

□7.無限列車と十二鬼月
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身体が熱い。冷や汗が止まらない。はっと目を開けると、不機嫌な表情でこちらを見つめる禰豆子ちゃんが居た。帰ってきた、夢から覚めたんだ。

「禰豆子ちゃんが助けてくれたんだね、ありがとう。」

夢から覚める一瞬前に、身体を揺さぶられている感覚があった。腕には鬼の臭いが染み込んだ縄が焼き切れた状態で残っていて、やっぱり血鬼術による眠りだったのだと理解した。

「善逸、伊之助!」

向かいの座席で未だ眠る二人に声をかけてみる。眉間に皺を寄せながら唸っているから覚醒も近いだろう。近くに炭治郎と煉獄さんが見当たらない。
そして足元に人が何人か倒れている。見たところ、一般の乗客だろうか。

「お、お前…!」

全員が眠っていると思っていた私はその震える声に驚いて振り向く。なんだか恐ろしいものを見たかのように私を指差す若い男の手が震えている。

「無事ですか、良かった!」

とりあえず無事だと安心して近寄ろうとした時、男は腰が抜けたようにへたり込んで後退る。

「あの、大丈夫ですか?」

「ひ、人殺し…!!」

伸ばそうとした手が止まる。今、何を言われた…?

「お前の無意識領域…あんなに死体が…!!」

きっと私が夢を見ている間に何かされたんだろう。まさか、人殺しなんて言われるなんて。

「俺の前でヒツメちゃんのこと悪く言わないでくれる?」

後ろから善逸の声が聞こえる。この様子だと、善逸に今の会話を聞かれてしまったようだ。
ああ、善逸には一番聞かれたくなかったのに。

もう、一刻も早くこの場から離れたい。

「私、煉獄さんの加勢に行く。」

「俺が先に行く!お前が着いて来やがれ!!」

前方の車両でどん、と音が聞こえて、車両が揺れる。きっと煉獄さんが戦っているに違いない。状況がよく分からないけど、とりあえずここは禰豆子ちゃんと善逸に任せよう。今は私情を持ち込んではいけない。
いつの間にか起きていた伊之助に続いて車両の屋根へ飛び出す。前方から流れてくる鬼の臭いが濃い。続く車両の先に、炭治郎の姿を捉える。

「二人とも聞こえるか?!この汽車全体が鬼になってるんだ!!もう安全な所がない!眠っている人達を守るんだ!」

乗り込む前の列車からはそんな臭いはしなかった。恐らく私達が眠っている間に何か起きたんだろう。状況が分からないまま、炭治郎の言う通り伊之助と一緒に乗客を守りながら刀を振るう。

「いい呼吸の仕方だな!円の少女!!」

音と同時に煉獄さんが目の前にいきなり現れる。早すぎて衝撃が少し遅れてやってくるくらいだ。円の少女、というのは恐らく私のことで間違いないと思う。

「精神が乱れているな、もっと呼吸に意識するといい。」

そんなことを言われても、考えないようにしなくちゃ、と思えば思うほど頭の中からさっきの男の子の引きつった顔が離れないのだ。

「意識を呼吸だけにするんだ、そうすれば考えなくなる。」

私が何を思っているのか、煉獄さんには筒抜けだったようだ。言われた通り、考えないようにではなく、呼吸だけを意識する。

「そう、上手だ。君は本当に呼吸の仕方が上手い。」

切り替えが上手と言われた記憶はあったけれど、それは呼吸の仕方全般においての話だったのか。自分でも精神が落ち着いてきたのが分かる。

「猪頭少年!円の少女と車両を警戒しつつ一緒に竈門少年を援護しろ!!」

「はぁーーん?!てめぇ指図するんじゃ…!」

「分かりました!伊之助、行こう!!」

騒ぐ伊之助の腰履きを掴んで引きずるように列車の外へと出る。冷静になれば、状況の把握も早い。前の車両へと屋根の上を走ると、真下から炭治郎の声が聞こえた。

「伊之助!どこだ?!」

「うるせぇ!ぶち殺すぞ!!」

煉獄さんに指図されて機嫌が悪い伊之助だったけど、なんだかんだ言いながらこの方法が最善で尚且つ直ぐに指示を出した煉獄さんを凄いと思っているようだった。

『我流 獣の呼吸 漆ノ型 空間識覚』

前を走る伊之助が、片膝をついて両手を広げる。ほんの数秒、そうしただけで伊之助は鬼の首がある場所を見つけた。私は酷く濃い鬼の臭いで場所なんて全く分からなかったのに。
それに、あの伊之助に攻撃以外の型があるなんて知らなかった。

「前だ!とにかく前の方が気色悪いぜ!!」

「よし行こう、前へ!」

炭治郎と私と伊之助は前方へと向かう。

「怪しいぜ怪しいぜ、この辺り特に!!」

「だめ、伊之助!!」

首を前にして私の声が聞こえていない。飛び込む伊之助を拘束しようと無数の手が迫っているのに!
背中の刀を抜き、呼吸の構えを取る私の前を炭治郎の背中が追い抜いた。

『全集中 水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦』

伊之助を守るように、鬼の手が巻き込み斬られていく。炭治郎の咄嗟の判断が早く、伊之助は拘束から逃れた。そのままその真下を伊之助が斬り込むと、列車の足元に大きな骨が露出した。

首の、骨だ。

「これが首…?!」

伊之助が切り開いた肉が塞がる前に、炭治郎が骨を断とうとするけど、肉の再生が早く間に合わない。

「呼吸を合わせて連撃だ!肉を斬り、すかさず骨を断とう!!」

一人だと肉を斬ってから骨を断つのは難しい。だけど三人なら…!
呼吸に集中しながら、骨の上の肉へ飛び込む。

『全集中 円の呼吸 』

飛び込んだ先で無数の目玉と目が合う。呼吸が途切れる。これは血鬼術だ。まさかこの状況で使ってくるとは思っていなかった。



暗い視界の中、お母さんだけが立っている。血塗れの手で、私の首を締める。さっきまで見ていた夢とは違う。これは悪夢を見せられているんだ。

「役立たず。」

息が出来ない。夢の中だと分かっているのに、意識が朦朧とする。早く夢から覚めないと。私は今、鬼の目の前で気を失っているんだ。早く、早く…!必死にもがくけれど、人間とは思えない強い力でどうすることもできない。

「…もうここには来ないで。」

お母さんは私の首を締めながらそう言った。



覚醒した時、目の前には暗い夜空に流れる雲が見えた。あの無数の目玉と目が合ってはいけない。起きた時に目が合わないように、列車の屋根の上に仰向けに寝かされていた。

「罠にかかるんじゃねぇ!つまらねぇ死に方すんな!!」

離れたところで伊之助の声がする。身体を起こして、二人の方へと戻る。伊之助が幾つか目玉を斬ってくれていて、これなら飛び込めそうだ。

「伊之助!!」

焦る炭治郎の視線の先に、鋭く尖った錐のようなもの手に伊之助へと迫る列車の運転手を見つける。炭治郎が身体を犠牲にしてそれを守り、手刀で襲ってきた運転手を落とす。

「炭治郎!!」

「大丈夫だ!早く鬼の首を斬らないと善逸達が保たない!!」

ちらりと見えた炭治郎の腹は出血していた。
こうなれば私と伊之助で斬らないと…!刀を構え、すぅ、と息を吸い、全身に血を巡らせる。私よりも先に、伊之助が前に出て刀を振るう。

『我流 獣の呼吸 肆ノ牙 切細裂き』

伊之助の攻撃で再び骨が露出する。私が斬らなきゃ、全員が死ぬ。落ち着いて、でも確実に重い一撃を打つ。

『全集中 円の呼吸 漆ノ型 干将 莫耶 円舞』

骨との距離詰めながら身体を捻り、二本の刀を同じ箇所に強く打ち込む。これでなんとか…!

ぱき、と何かが軋む音。

違う、これは骨の音じゃない。
私の刀が悲鳴を上げている。まずい、このままだと骨を断つ前に刀の方が先に限界を迎えてしまう。

がきん、と弾かれるように刀に体が持っていかれる。損傷は与えたけど、まだ斬れていない。

焦る私の視界の端から飛び出してきたのは炭治郎だった。でも呼吸の音と刀の型がいつもと違う。蝶屋敷で言っていた、ヒノカミ神楽の話が頭を過ぎる。

『ヒノカミ神楽 碧羅の天』

私よりも重い一閃が、あの硬い骨へと振り下ろされる。骨は斬られたところから砕けるようにして分断され、それと同時に列車全体が咆哮をあげながら激しく揺れた。

「横転するぞ!」

列車と同化した鬼が首を斬られて線路から脱線しながら暴れ狂う。その最中、炭治郎を刺した運転手が列車から投げ出されたのが見えた。

助けなきゃ。
私だけ何も出来ていない。皆戦っているのに、私だけが何もせずにいる。
挙句、乗客の一人さえも守れないなんて。

呼吸を使い、足の筋肉を意識する。瞬間、飛ぶようにして最短で運転手の元へと向かう。

地面へと落ちる前に運転手に追いつく。運転手は私より体格が大きいけれど、一般人が受け身を取れるとは思えないから私が守らないと。

そのまま地面に身体を強打し、あまりの衝撃に一瞬呼吸が出来なくなる。運転手は勢いで少し離れたところに飛ばされたけど、無事のようだ。

「危ない!!」

運転手と視線は私の頭上へと向けられている。それが何かを、確認する間もなく私は再び強い衝撃を全身に感じた。

「お前、腹大丈夫か?!」

「乗客を…守っ…!」

痛みで霞む意識の中に炭治郎と伊之助の声が聞こえた。


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