長編【下弦は宵闇に嗤う】

□18.襲撃
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「あそこ、追われてる!」

善逸が指差した先には、異形の姿の鬼がいた。見た目や鳴き声は魚なのに、人間の腕が生えていて本能的に嫌悪感を抱く。
襲われている、あの後ろ姿は…

「鉄穴森さん、伏せて!!」

鉄穴森さんが私の声に気づいて身体を伏せる。それを確認してから、鬼へと刀を振るう。
呆気なく首を斬られた鬼は暫くのたうち回り、灰のように消えていった。
斬った感覚が軽かったから、血鬼術の類だろうか。

「ヒツメ殿、これはありがたい!!」

「里の皆は?誰か襲われてない?」

見たところ鉄穴森さんは無傷のようだ。じゃあこの血の臭いはどこからきているんだろう。

「あっ、そうだ!あの小屋で鋼鐵塚さんが作業をしてるんです!」

鉄穴森さんが小屋の方へと向かおうとする。後を追おうとした私の腕を善逸が掴んで引き止めた。

「いや、駄目だ。」

知らない声だった。いつの間にか隣に知らない男の人が立っていた。気配が静かすぎて気づかなかった。男は鉄穴森さんの服を掴んで引き止めながら、刀を握り直す。

「来てる。」

男が見据える先、茂みの中からそれは現れた。
少し大きめの壺。中から伸びる鬼の身体には幾つもの腕が生えている。額の目玉には上弦、舌には伍と刻まれていた。

「初めまして、私は玉壺と申す者。殺す前に少々よろしいか?」

どくん、と心臓が大きく跳ねる。嫌な予感がする。鬼じゃなく、その側にある壺。その壺が激しく揺れたかと思うと中から、刀やお面、人間の腕や足が現れたのだ。それらは真っ赤な血で月光を反射するほどに濡れていた。

「『鍛人の断末魔』でございます!」

側の男と鬼が何やら話しているが、内容が頭に入ってこない。
むせ返るほどの血の臭いに、刀を持つ手が震える。

「鉄広叔父さん…!」

気づかなかった。知らない男の後ろに小鉄君が居たことを。小鉄君の両親が亡くなって、引き取られたのが鉄広叔父さんだった。
小鉄君の悲痛の声が幼い頃の自分の姿と重なる。

「お前…!」

ぎり、と食いしばった奥歯が軋む。強く踏み込んで鬼の入っている壺へと刀を振るう。壺は呆気なく真っ二つに割れたが、鬼を斬った感覚はない。私が斬った瞬間には既に壺の中に鬼は居なかった。

「あそこ、移動してる!」

善逸が指差す先には、さっき斬ったものとは違う模様の壺があった。その中からうねうねと蠢く身体が伸びている。

時透さんと呼ばれた男は私が一つ壺を斬っている間に二つも壺を斬っていた。そういえば出会い頭に鬼が、彼は柱だと言っていた。
壺を斬られた鬼が怒りを露わにして小さめの壺を取り出す。中から大きな金魚が数匹飛び出したかと思うと、突然頬を膨らませた。

『千本針 魚殺』

口から無数の針がこちらへ向かって吐き出される。瞬時に飛び退き、それを回避したは良かった。だが金魚は一匹だけではない。別の金魚が、空中で身動き出来ない私に向かって頬を膨らませるのが見えた。

避けきれない、と目を瞑ると同時に身体が宙に浮く。着地した時、身体には針が一本も刺さっていなかった。

「善逸、ありがとう。助かった。」

「うん、でもあの針の数は厄介だ。」

そう何度も助けてもらうわけにはいかない。そして金魚が数匹いるせいで、間髪を入れずに次の攻撃が襲ってくる。これを刀で捌き切るのは不可能だ。とはいえ、この状況を打開できる策があるわけでもない。どうすれば、と考えている間にも金魚が頬を膨らませる。
結局、木々の間を走り抜けながら針を避けることで精一杯だ。
突然、ふっと足が掬われたように土を踏む感覚が消えた。瞬間、呼吸が出来なくなる。こぽり、と口から漏れた空気が、目の前を昇っていく。

『血鬼術 水獄鉢』

瞬時に状況を把握して呼吸を止めたまでは良かった。でもこれ以上激しく身体を動かすのは厳しい。水の中に閉じ込められてしまっては、刀を振るっても威力が出ない。視線を動かしてみれば、時透さんと善逸も同じく捕らえられていて、外からの助けは期待できない。
水で歪む視界の中、はっきりと見えたのは赤い血。よく見れば、時透さんを助けようとした小鉄君が鬼に刺されていた。

「…っ!」

これ以上、里の誰かが死ぬのを見てられない。激しい怒りに、身を任せて水の中で身体を捻る。どの道、この血鬼術を突破できなければ死ぬ。刀を強く握り、肺に残った空気で出来る限り威力の高い一撃を出す。

『全集中 円の呼吸 参ノ型 干将 連環』

干将の切先が水鉢の膜に当たり、柔らかい膜が伸びる。そのままぐっ、と力を込めると張り詰めた膜が破れた。穴の空いた風船のように、急激に萎む水の中から私は飛び出した。息を深く吸い、気持ちを落ち着かせながら、善逸の方へと莫耶を投げる。円を描きながら飛んでいった莫耶は綺麗に善逸を閉じ込めていた水の鉢を掠める。
土の上で咳き込む善逸を確認すると私は小鉄君の元へと走る。小さな身体を抱えると鬼から遠ざけるように距離を取った。

「い…痛…!」

「喋らないで。」

手拭いで刺された箇所を縛ろうと衣服を脱がせる。手で押さえているのは鳩尾だけど、それにしては出血が異常に少ない。別の箇所からの出血だろう。

「小鉄君、どこを斬られたの?」

「う、腕…!」

差し出された右腕の袖を捲り、傷口を確認する。さっきの鬼は私と時透さんへは毒を含んだ攻撃をしてきたが、幸い小鉄君は一般人だからか刺し傷で済んだようだった。傷口を縛り、応急処置をしていると少し離れたところから慌てた声が聞こえてきた。
この声は鉄穴森さんだ。

「ど、どうすればいいんでしょう?!誰か…!」

慌てふためく鉄穴森さんの側に倒れているのは時透さんだった。ぶくぶくと口から泡を吹いてしまっていて、顔色が悪い。

「横向きに寝かせて。このままじゃ泡を詰まらせてしまうから。」

私に気づいた鉄穴森さんは時透さんの身体を横向きに寝かせた。毒のせいか、血の巡りが悪いのかもしれない。

「なに…やってるの?こっちの鬼は僕が斬ったから、早く里長のところ…行きなよ…。」

「何を言っているんですか、こんな怪我をしている時透さんを放っておけません。」

「…君、馬鹿なの?早く…行けってば…!」

私だって里の方がどうなっているか気になって仕方がないのだ。でも里を襲った鬼の数が分からない以上、時透さん達を置いては行けない。

「行って。」

声の方に視線を向けると真っ直ぐに私を見つめる善逸が立っていた。まだ息が整ってはいないようだけど、善逸ならこの場は守り切れるだろう。

「ここは俺に任せてくれていいから。」

「…ごめん、ありがとう。」

善逸は私が投げた莫耶を拾って渡してくれた。それを受け取ると、私は里の方へと向かったのだった。


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