短編
□視界の片隅にでも
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善逸の見つめるだけの視線の先にはヒツメが居る。その隣には伊之助が居て、2人はなにやら仲良さげに話し込んでいる。
「親分!このどんぐりはどうですか!」
「ヒツメの持ってくるどんぐりはいつも小せえなあ!」
がはは、と被り物の下で笑う伊之助。善逸はそんな2人を蝶屋敷の縁側に座って眺めていた。伊之助は基本的に人の名前を覚えない。けれどヒツメの名前だけは絶対に間違えない。それがどういう事か、善逸には分かる。
「どうしたんだ、善逸。」
炭治郎が善逸の横に座りながら声をかける。からりと炭治郎の耳飾りが乾いた音を立てる。
「分かってるくせに、意地悪言うなよ。」
「 仕方がないさ、ヒツメにとって伊之助は恩人なんだから。」
「だから意地悪言うなってば。俺だってそんなこと分かってるよ。」
善逸は深い溜息を吐くと憎らしいほど晴れた空を見上げる。曇っていたら、嬉しそうな2人を見なくて済んだかもしれないのに。天候さえも恨めしく思う。
その日炭治郎、善逸、伊之助の3人は伝令で、ある屋敷へ向かった。3人はバラバラに逸れ、伊之助が助けた女の子がヒツメだった。それからというもの、蝶屋敷へ何度か伊之助が勝手にヒツメを連れてくるようになった。もちろん屋敷の主である、胡蝶しのぶはその度に伊之助を叱る。そうするとしのぶが不在の時にヒツメを連れてくるようになってしまった。
「女々しいけど、##NAME1を助けたのが俺だったら、とか思っちゃうんだよなぁ…。」
「女々しいな。」
「…ごめんなさいね。」
善逸は大きく息を吸い、再び溜息を吐く。ヒツメが屋敷に来ている時の善逸は、いつもより静かになる。2人の楽しそうな声が善逸の耳を障る。聞きたくないのに、聞いていたい自分も居て、ただただ苦しい。
「伊之助もヒツメも、お互いを好いている訳じゃないだろう。」
「今はそうだろうけど、」
時間の問題でしょ、と心の中で毒を吐く。
「分からないぞ?」
炭治郎は少し笑ったように言いながら2人を見やる。ヒツメが凄く嬉しそうに善逸と炭治郎の方へ走ってくる。
「善逸くん!炭治郎くん!」
善逸と炭治郎の前で息を整えると、後ろ手に隠し持っていた小さな花とどんぐりを差し出した。
「私を助けてくれて、ありがとう。ちょっと遅くなっちゃったけど…。」
「ありがとう、嬉しいよ。」
炭治郎は白い花と小さなどんぐりをヒツメから受け取る。ヒツメは善逸の方へ向き直ると、黄色い花とどんぐりを差し出した。
「あ、善逸さん。」
何か思い出したようにヒツメはごそごそと着物を弄り、白い手拭いを出してきた。綺麗に折り畳まれた、真っ白の手拭い。ヒツメはそれを善逸へ、そっと渡した。
「善逸さん、いつも泣きそうな顔してる。笑った方が楽しいよ。」
「…そっかぁ、ありがとうねぇ。」
晴れた空の下で無邪気に笑うヒツメを見て善逸の表情は最も簡単に綻んでしまう。晴れてて良かったな、なんて思ってしまう。
「今日はいい天気だな。」
「…そうだね。」
曇っていれば良かった、なんて思った自分を笑った。
屋敷のどこへ居たって耳が良い善逸には、ヒツメと伊之助の声が聞こえた。
それでも敢えて縁側に座っているのは、ヒツメの声を近くで聞いていたいから。
君の視界の片隅にでも映りたいから。
いつか話しかけてくれることを期待しているから。