短編

□何回だって言いますよ
1ページ/2ページ



「俺、ヒツメさんのこと好きなんです。」

また言いに来たの、とヒツメは返す。ここ数日間で、このやり取りを5回は繰り返している。ヒツメの目の前にいる、竈門炭治郎というこの男は、会うたびに、一言目にこの言葉を発するようになった。

蝶屋敷の主人に、薬が調合できたので取りに来てくださいね、と鎹鴉から文を受け取ったのが昨日。偶然、近くの藤屋敷で休息を取っていた為、翌日に向かう旨を記した文を返した。

蝶屋敷では怪我をした鬼殺隊員が複数運ばれていて、いつもより騒がしく、隠も多く見かけた。隠が居る、ということは運び込まれている最中、或いは運び込んだ後、だろうか。屋敷の中には薬品と血の臭いが充満していた。屋敷の主人には申し訳ないが、用を済ませて早く屋敷から離れたい。

「善逸、静かにしろ!病室なんだぞ!」

「絶対に嫌だぁぁ!!俺のだけ不味すぎじゃない?!絶対そうでしょ?!炭治郎のは不味くないんでしょ?!」

ヒツメは蝶屋敷の廊下を歩いて、胡蝶しのぶの元へと向かう。そのとき、病室の一角から叫ぶような声が聞こえて通りすがる際に、ふと声の主達へ視線をうつす。

「あ、ヒツメさん。」

偶然を匂わせるような声色だが、まったくもってそれは違う。目が合うと同時に、包帯でぐるぐる巻きにされた炭治郎に名前を呼ばれたのだ。この充満する臭いの中、ヒツメの近づいてくる匂いを感じ取っていたのだろう。

「炭治郎、また怪我したの?」

「はい、ヒツメさんのようにはいきませんね…。」

炭治郎は困ったように笑った。ヒツメは炭治郎より2年ほど先に鬼殺隊に入隊した。お互い、炭治郎にとって先輩であり、ヒツメにとっては負けられない後輩である。炭治郎の話は隊士の中では有名で、ヒツメもよく耳にすることが多かった。

「私なんてまだまだだよ。じゃあ、お大事にね。」

「ヒツメさんも、お気をつけて!」

ヒツメが部屋を出て行った後、炭治郎の横で同じく包帯だらけの善逸は、はぁ、と溜息を吐いた。手にはまだ薬湯が並々と入った湯飲みが握られている。

「善逸、頑張れ!善逸なら飲めるはずだ!俺は応援してるぞ!」

「……。」

「どうしたんだ?」

じろ、と善逸の金色の瞳が炭治郎に向けられる。炭治郎は意に介さず、小首を傾げて善逸を見つめた。

「なんで炭治郎ばっかり贔屓されてんの?!俺だってめちゃくちゃ苦い薬湯飲んでるし、ヒツメさんと話したことだってあるのに!!ずるくない?!」

口を開いたと思えば、一息で善逸は叫んだ。炭治郎は首を傾げたまま、目を丸くする。

「薬湯はとにかく、ヒツメさんは関係ないだろう。」

「あるよ、むしろ薬湯より、そっちの方が気に入らねぇわ!」

善逸は薬湯を一気に飲み干して湯飲みを備え付けられた机に勢いよく置いた。炭治郎が、すごいぞ、と声をかけたが、善逸はそれを手で制した。

「ヒツメさんが炭治郎を好きなら、仕方ない。俺は諦めるよ。」

「…なんの話なんだ?」

善逸は、まさか、と言って炭治郎の音を伺う。彼は今まで善逸とは違い、相手を好いたことがないのだ。炭治郎から聞こえる音は、紛れもない好意の音だというのに。本人は全く気付いていない。

「炭治郎はヒツメさんのことが好きなんだろ。」

「ああ、好きだぞ。でも善逸や伊之助のことも…」

「そうじゃなくって、異性として好きってことを言ってんの!」

そこまで言うと、やっと炭治郎は驚いた表情になった。善逸にとっては好意なんて感情は当たり前のように感じていた。だが彼は山奥に暮らし、たまに町に出ても一緒に甘味処へ出掛けたりする異性の相手もいなかった。そんな彼は、異性への好意など、知らずにここまで生きてきたのだ。善逸は金色の髪をガシガシと掻きながら、続けた。

「これが、人を愛する気持ちということか?!」

「なんか聞いてて逆に恥ずかしいわ!ヒツメさんからも同じ匂いがするだろ。」

「そうか…特別に親しい仲と思ってくれていると思っていた。」

あながち間違いではないのだが、天然すぎるところもここまでいくと大変だな、と思わざる得ない。善逸もヒツメには好意を持ってはいたが、あくまで一方的なものだと気付いていた。まさか、こんな近くの戦友にヒツメの好意が向けられているとは思ってもみなかったが。

「ありがとう、善逸。」

「いや、別に何もしてないけど…って、どこ行くのさ?」

炭治郎は痛む体を気遣いながら、ゆっくりと立ち上がる。しのぶが、炭治郎君の方が怪我が酷いですね、と言っていたことを思い出す。俺でさえこんなにも痛いのに、よく立てるな、と善逸は思う。

「ヒツメさんに、好きって言ってくる。」

「そうなんだ……って、ええぇ?!」

ゆっくりと歩いて病室を出ていく炭治郎を、善逸は目だけで追う。痛いものは痛いのだ。追いかけるほどの気力もなく、善逸はずっと口に残っている薬湯の後味に苦い顔をした。


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ