短編

□美人の価値観
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「あれ、炭治郎どこ行っちゃったんだろ。」

蝶屋敷から1番近い街に炭治郎と出掛けたのだが、田舎で育った私達は小綺麗な商店が立ち並ぶ街中で逸れてしまった。先ほど寄った小物屋に戻ってみようか。

「あ…。」

小物屋に戻ると、店の中に炭治郎の姿を見つけた。
私と炭治郎は恋仲になってから半年は経つ。お互い任務もあって、中々一緒に出掛けることなんて無かった。だから、今日は楽しみにしていたのだ。

店の中は煌びやかな髪留めが幾つも並んでいて炭治郎は、その中の一つを手に取って、物売りの娘と何やら話し込んでいるようだった。

「ねぇ君、暇そうだね。」

店の中を覗き込む私の後ろから、明るい声がした。振り返ると若い男の人が2人立っていた。炭治郎のように鼻がいいわけでは無い私でも分かるほどの酒の臭い。都会では昼間から酒を飲むのは珍しいことじゃないのだろうか。

「暇じゃありません。」

「えー、そうなの?俺達、暇なんだよね。」

いきなり話しかけてきて、暇だ、なんて言われても困る。なんなんだこの人達は。今すぐにでも立ち去りたいが、店の中に炭治郎が居る。また逸れるわけには行かない。

「奢るから、どこか行こーよ。」

あまり強く断らないのをいいことに、1人の男が私の腕を掴んで引っ張る。普段、鬼を相手にしている私ならば振り払う事もできたはずだった。だが相手は人間だし、面倒ごとはどうしても避けたい。どうやって切り抜けようかと考えている内にあろうことか、もう1人の男が肩を抱いてきた。

「やめて下さい。」

気持ちが悪い。炭治郎以外の人間に身体を触れられることが、こんなに気持ち悪いなんて。背筋が嫌な汗が伝う。

「酷いなぁ、傷ついちゃったよ。」

へらへらと笑いながら2人の男は私を何処かへ連れて行こうとする。もう力任せに振り払ってしまおうとした時、男達は驚いた声と共に地面に転がった。

「俺の恋人に、何の用事ですか。」

炭治郎が私の前に立っていて、私が聞いたことのない低い声で転がる男に言った。男達はすぐに立ち上がると、舌打ちをして走り去っていった。

「炭治郎、ごめん…。」

「どうしてヒツメが謝るんだ。」

振り返った炭治郎は私をぎゅっと抱きしめた。助けてくれたのはありがたいし、嬉しかったけど外だから抱き締められるのは、ちょっと恥ずかしい。

「私1人でなんとか出来たのに、手間かけさせちゃって…。」

炭治郎は、難しい顔をして私の顔を見つめている。

「確かに普段、鬼を相手にしているから何とか出来たかもしれないけど。」

あれ、炭治郎ちょっと怒ってる…?

「炭治郎…?」

「ヒツメは何でも自分1人でやってしまおうとするけど、俺はそれが少し寂しいんだ。」

あ、そういうことか。あの長男気質な炭治郎が寂しいなんて口に出している。これほど貴重な事はない。

「ふふ、分かったよ。助けてくれてありがとうね、炭治郎。」

「あ、今、余計なこと考えてただろう!」

炭治郎は頬を膨らませている。炭治郎としても、私が鬼との戦闘以外で本気で危ない目に合うとは思えないにしても、心配であることに変わりないのだろう。

「炭治郎が恋人で良かったな、って考えてたよ。」

まぁ、間違った事は言っていない。治郎は顔を赤くして俯いてしまった。炭治郎も恋人らしく私を守りたいのかもしれないが、それは鬼と対峙した時だけで良い。だけど炭治郎が頼って欲しいと言うのなら、少しは甘えてもいいかもしれない。

「これヒツメにあげる。」

炭治郎は赤い顔のまま、私に何かを差し出してきた。手のひら程の白くて小さめの紙袋で包まれたそれを受け取る。

「開けていい?」

「いいよ。」

静かに袋を開けると、中には簪が入っていた。揺れる飾りの先には桃色の宝石のようなものが付いている。

「炭治郎、これ…。」

「さっきその簪をじっと見てただろう。」

そう、さっき炭治郎と小物屋に入った時、可愛くて欲しいなぁと思っていた簪だった。でも私に似合うような色味じゃないと思って口に出さなかったのだ。

「ありがとう、本当に嬉しい。」

炭治郎から物を贈られるなんて初めてで、すごく嬉しかった。さっきの事といい、この簪といい、炭治郎は恋人らしいことをしたい、と思っているんだろう。その気持ちが私には痛いほど嬉しかった。

「桃色、似合うと思うぞ。」

「え?」

まさか私が渋っていた理由も分かっていたのだろうか。そんな事まで読まれていたなんて。

「ヒツメは、自分で思っているよりずっと美人だよ。」

自信持っていいんだ、とにっこり笑いながら私の肩に手を置いた。美人…私が?街を歩く女性は綺麗な着物に身を包み、肌も綺麗で、刀なんて握った事もないだろう。それに比べれば、私は古傷だらけの肌にマメのできた手のひらだ。着物だって普段隊服を着ていることの方が多いから数える程しか持っていない。そんな自分が美人なんて。

「私が、美人…。」

炭治郎がそう言ってくれるなら、それで良い。今度は私の方が恥ずかしくなって俯いてしまう。

「でも美人は、男2人を投げ飛ばそうとはしないよな。」

「そ、そんな事言わないでよ!」

笑いながら炭治郎は意地悪く言った。この桃色の簪に似合う着物を新調しようと思った事は秘密にしておこう。


 

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