短編

□「俺が」頼られたいんだ
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それは数ヶ月前からだった。初めは、机の中に手紙が入っていた。内容は『あなたに一目惚れしました。』から始まり、日が経つ毎に文章が長くなった。内容も過激なものが多くなり、その手紙は毎日机に入れられるようになった。名前も書いていない為、誰が、何時に入れているのかも分からない。相談する相手が居ないわけではないのだが。

「どうしたんだ、なんだか疲れてないか?」

「そんなことないよ、大丈夫。」

ヒツメには、彼氏がいる。学校の中でも噂になるほど人気者な彼、竈門炭治郎。彼と付き合っているなどと公言してしまえば、女の子からの嫌がらせに頭を抱えることは目に見えている。だからこうして、放課後くらいしか一緒に居れないのだ。
今日は学校から少し離れた有名なコーヒー店に来ていた。

「ヒツメ、学校で何もされてないか?」

「女の子のこと?まさか皆、私が炭治郎と付き合ってるなんて思ってないよ。」

はは、と笑いながらヒツメはスプーンでコーヒーを軽く混ぜる。炭治郎が心配そうにヒツメの目を見ていたが、やがてコーヒーカップに口を付けた。
手紙が毎日机に入っている、なんて炭治郎に言っても、心配症で真面目な彼を不安にさせてしまうだけだ。

「あ、もう時間か。」

炭治郎が携帯のデジタル時計を見て言った。ヒツメは慌ててコーヒーを飲み干すと、席を立つ。炭治郎も席を立って、一緒に店を出る。

「じゃあ、また明日ね。」

「ああ、また明日。あ、ヒツメ、」

炭治郎が別れ際、何か思い出すようにヒツメの名前を呼ぶ。ヒツメは目を丸くして、ん?と首を傾げる。炭治郎がヒツメの頬に触れて、少し上に向けさせられたと思うと、触れるだけのキスをされた。

「え、ちょ…店の前で…!」

「なんだ、照れてるのか?」

「…っ違う!もう…!」

炭治郎は周りの目も気にせずに、こういう事を平然とするから恥ずかしい。だけど、炭治郎に好かれていると実感できて嬉しい気持ちもある。放課後は毎日のように会っているし、好き、とも言ってくれる。これが無ければ、炭治郎は罰ゲームで私と付き合っているんじゃないかと錯覚してしまいそうだった。

高校生のバイトは22時まで、と決まっている。だけど、飲食店でバイトしているヒツメは、賄いを食べて帰る事が殆どで、帰る頃には23時前になる事も多かった。炭治郎には危ないからすぐ帰るように言われているが、訳あって一人暮らししている為、これだけは譲れなかった。

「あんまり遅くなったら彼氏に怒られるよ?」

「大丈夫です!お疲れ様でしたー!」

店長にそう言ってバイト先を出る。暗くなった夜道を歩くのは流石に怖いので、自転車で出勤することにしている。駐輪場で、鍵を外して、鞄を前のカゴへ入れる。ふと、カゴに何か入っていたような気がした。入れたばかりの鞄を退けて、見てみると半分に折られたルーズリーフと見覚えのある筆跡。

「ひっ…?!」

思わず鞄を取り落としてしまう。ルーズリーフ一面に、文字が隙間なくびっしりと書かれていて、背筋がぞっとした。今日、机に入っていた手紙の筆跡と同じだとは思う。だけどこんなに荒々しく書かれていなかった。どうして、好きなのに、許さない、等書かれている内容もめちゃくちゃで、文章になっていない。
その場に立っているのも怖くなり、急いで家に帰った。
戸締りも何度も確認して、布団へ潜る。炭治郎は寝てしまっている時間だから、明日相談することにしよう。

次の日の朝、メッセージアプリで炭治郎に放課後の予定を聞いた。だが炭治郎の予定が合わないらしく、今日は会えないらしい。消沈しながら机の中を探ると、いつもの手紙が入っていた。
手紙には一言だけ、

『家を特定した。』

と書かれていた。今のヒツメを震え上がらせるには充分な一文だった。
なんとかしなきゃ、とあれこれ思考を巡らせる。バイトを代わってもらっても、家を特定されたなら
意味がない。思い切って炭治郎に話してみよう。

「竈門くん、あの…」

授業の合間の休憩時間。炭治郎がひとりになっているのを確認して、ヒツメは他人行儀で話しかけた。

「珍しいな、どうしたんだ?」

柔らかい笑みでヒツメに応える炭治郎。助けて、なんて言ってしまったら、泣いてしまいそうで。結局言おうとした言葉を飲み込んでしまう。

「ごめん、やっぱりいい、です…。」

「待て、どうしたんだ?」

「また連絡、するから。」

駄目だ、本人を目の前にすると内容なんて話せない。メッセージアプリで、バイト終わってから電話したい、と連絡を入れる。ひとまずこれで良いだろう。勇んで炭治郎の前まで行ったというのに、何も言えなかった自分が不甲斐ない。

学校が終わり、バイトまでの時間は家に帰るしかなかった。バイトまでは2時間ほどあるし、する事もない。周りをきょろきょろしながら家に帰るなんて、まるで自分の方が不審者みたいだ。家で時間を潰して、バイトへ行こうと玄関を開けた。

「ん、なにこれ、」

ドアに何か引っかかっている。やけに重たいドアを開けて、外からドアノブを確認する。ビニール袋に入った、小さな小瓶。どうやら栄養ドリンクのようだった。さっき帰ってきたときは、こんなもの無かった。
よく見ると袋の中に手紙が入っていた。その瞬間、これが手紙の主からの物だと分かった。
怖い、怖い、怖い。ビニール袋を投げるように玄関の前に捨てて、そのまま鍵を閉めて自転車に跨る。

「ヒツメちゃん、顔色悪いよ?」

「ちょっと色々あって…。」

店長がヒツメを心配して声をかける。取り繕う気力もなく、見えない恐怖に怯える。頭の中で一体誰が犯人なのかを考えてばかりいる。どうしてもっと早く炭治郎に言わなかったんだろう。話す機会など、数ヶ月の間に幾らでもあったのに。

「あれ、今日は賄い食べないの?」

「すみません、お先に失礼します。」

何も食べる気力が湧かない。とりあえずバイト先の店の前で炭治郎に電話してみる。メッセージアプリで電話する、とは伝えたが、時間を言っていなかった為か、炭治郎は電話に出なかった。
恐る恐る駐輪場へ向かい、自分の自転車を確認する。良かった、何もされていないみたいだ。
急いで自転車に乗り、家へ帰る。いつも自転車を停めている場所へ駐車する。

「ねぇ、そんなに急いで何処いくの?」

「っ…!」

声を、かけられた。後ろじゃない、前から。

「なんで手紙読んでくんないの?」

声の主はこちらへ歩いてくるようで、じゃり、と砂の上を歩く音がする。ヒツメの後ろは壁になっていて、完全に追い詰められてしまった。まさかここで接触してくるとは思っていなかった。
ヒツメは何も言わずに、ゆっくりと後退りする。

「疲れてるみたいだからさ、栄養ドリンク置いてたのに。割れてたよ、酷いなぁ。」

「あなた、誰なの、」

「答えたら、あいつと別れてくれる?」

ふふ、と相手は笑う。炭治郎とは違う、黒くてどろどろした感情の、笑い声。ヒツメの背中がコンクリートの冷たい壁に当たる。相手は尚も距離を詰めてくる。

「それとも、あいつを殺したらいいのかな?」

「…っ!」

ヒツメに触れようと伸びてきた手を払い除けて、体を突き飛ばすようにして走り出す。一瞬相手の顔が照明の加減でちらりと見えた。学校の制服は着ていたけど、顔も知らない、話したこともない人。
いきなり走り出したヒツメを捕まえられなかった男は追いかけるように走ってくる。
距離は離れたが、すぐ追いつかれる。はやく、玄関の鍵を開けなきゃ、と思うのに、手が震えて鍵が差せない。

「逃げないでよ。」

「やめて、痛っ…!!」

近づいてきた男に鍵を持つ手を掴まれる。ドアに身体を勢いよく押さえつけられ、衝撃と共に身動きが取れなくなる。
殺される…!!

「逃げないでってば…ねぇ、こっち見てよ。」

「たん、じろ…!」

知らない人の顔が近いことが、こんなにも気持ち悪いなんて。怖くて炭治郎の名前を呼ぶことしか出来なくなる。
突如、ヒツメの身体を拘束していた男が吹っ飛んだ。途端に身体がふっと軽くなって、その場でへたり込んだ。

「ヒツメに何してる。」

目の前に立っていたのは咄嗟に助けを求めた、愛しいその人だった。

「なんでここに…!」

「もう一度吹っ飛ばされたいのか?」

びくっと男の体が跳ねて、じりじりと後退る。優しさの権化のようなあの炭治郎が、こんなに怒るなんて。

「二度とヒツメに近づくな。分かったらさっさと消えてくれ。」

男は炭治郎に睨まれ、慌てて走って逃げていった。ヒツメは座り込んだまま、目の前の炭治郎を見上げた。助けてくれたことへの感謝の気持ちと、早く相談しなかったことへの謝罪が入り混じって、涙が溢れる。

「ヒツメ、大丈夫か?」

炭治郎はしゃがんで、ヒツメの頬を包むように手を添える。ふわり、と炭治郎の匂いが鼻を掠めて、自然と嗚咽が漏れる。

「ごめ、…ごめん、なさい…っ…!」

「俺も早く気付いてやれなくてごめん…。」

炭治郎の優しさが温かくて、ヒツメはしがみつくように泣いた。2人は家の中へ入り、ベッドへ並んで腰掛けた。炭治郎はヒツメが落ち着くよう、頭を撫でた。

「いつから、付き纏われてたんだ?」

「2ヶ月くらい前から…手紙が机に入ってただけだったの。少し気持ち悪いなって思ってたけど、何もされなかったし、迷惑かけたくなくて…。」

そっか、と炭治郎は静かに言った。悲しい、だけども苛立った様な声だった。

「今日俺の席に来たとき、ヒツメからすごく怯えた匂いがした。あの時に無理矢理にでも話を聞いてあげるべきだった。ごめん…。」

炭治郎が悪いなんて思うことないのに。ずっと話さなかった私が悪いのに、どうしてこの人は自分を責めるのだろう。

「…助けてくれて、ありがとう。」

責めないでほしい、とか、ごめんなさい、とか。かけたい言葉はいくつか浮かんだけれど、1番伝えたいのは助けに来てくれたことへの感謝の気持ち。

「うん。でも、」

「…?」

「相談してくれなかったこと、少し寂しかったな。」

炭治郎が少し拗ねたように言った。ヒツメは炭治郎の初めて見る表情に戸惑う。

「ごめんね、ちゃんと頼るようにする。」

「…本当か?」

「うん、本当!」

炭治郎は清々しい笑みを浮かべると、ヒツメの顔を自分の方へ向けさせると、唇を重ねる。

「んっ…あ…、」

「あんまり心配かけさせないでくれ…。」

炭治郎はヒツメを抱き寄せた。初めて見る炭治郎の姿に、ヒツメは悪いと思いつつも、嬉しく思ってしまったのだった。


 

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