長編【蛍石は鈍く耀う】
□1.割れた石
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「何で言ってくれないんだよぉ!」
善逸に昨日炭治郎のところへ行った事を話した途端、いきなり叫んだ。昨日の善逸は、元気もなく沈んだ様子だったから声をかけるのをやめた、伝えると余計にヒートアップしてしまった。
「誘ってくれたら着いて行ったよ!」
仲間外れにされたと思っているのか、泣きながら少し怒っている。教室中の注目をこれ以上集めたくない。
「ごめんってば、飴あげるから許して!」
鞄の中から一包みの飴を出して善逸の手に乗せる。
「貰うけど!貰うけどさぁ!許してないからね!!」
飴を口に入れながら善逸は言った。ふう、と息を吐くとこちらをじっと見ている善逸と目があった。
「ん?何か顔についてる?」
「……いいや、別に。」
ぷいっとそっぽを向いた善逸の視線の先に、カナヲ先輩が居て善逸は走って行ってしまった。本当に女の子なら誰でもいいんだな。禰豆子ちゃんの事もあるし仕方ないのかもしれない。
「あ、善逸!今日は…」
この距離だと絶対に聞こえてない。今日も炭治郎のところへ行くので誘おうとしたのに。まあ、金曜日は委員会があるとか言ってたからどっちにしろ無理だろうとは思っていたけれど。
学校帰りにスーパーへ寄る。明日は土曜日だからカレーにして今日と明日、食べられるようにしてあげよう。適当に買い物を済ませて歩いていると、前から見慣れた顔が歩いてくるのが見えた。
「炭治郎、どうしたの?」
スーパーから炭治郎の家までは少し距離がある。わざわざ迎えに来てくれたらしい。
「家に居てもヒツメが心配で。袋、持つよ。」
「ありがとう。」
炭治郎も本当に体調が悪くて学校を休んでいるわけではないし、せっかく来てくれたので有り難くご好意に甘えることにする。
2つある袋のうち、重たい方の袋を受け取ってくれた。
炭治郎は優しくて、頼りになる。長男だからと言ってしまえばそうなのかもしれないが、誰に対しても優しいし、責任感も強い。
どうしてこんな優しい人が理不尽な目に合わなければならないのだろう。道路側を歩く炭治郎の横顔を見て思っていると、炭治郎がこちらを見ずに言った。
「いいんだよ、もう。」
「え、何が?」
「時間を巻き戻すことはできないし、亡くなった人が戻ることもない。」
炭治郎は人の考えや感情を見透かす時がある。それは言わなくても伝わるのと同じで、私にとっては、すごく居心地が良いものだったはずだ。
「俺にはヒツメが居る。だからもう、全部どうでもいいんだ。」
この瞬間でさえ、何を考えているのか読まれているなんて。初めて、炭治郎を怖いと感じた。
炭治郎の心は確かに一度壊れたのだと、私はこの時思ったのだった。