長編【蛍石は鈍く耀う】
□2.手折られた菫
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月曜日の朝の、炭治郎が迎えに来る時間。家の呼び鈴が鳴る。お母さんに行ってきます、と言って玄関を出る。
「おはよう、ヒツメ。」
いつもの炭治郎がそこには居て、怖くなる。通学途中にある、少し離れた善逸の家に向かって歩きながら会話をする。
炭治郎は笑顔で私の話を聞いてくれた。先週は、気が滅入ってただけだ、そうであって欲しかった。
「あ、これありがとう、助かったよ。」
ごそごそとカバンから出してきたのは、数学の教科書だった。途端に土曜日の事を思い出してしまって、どくんと心臓が鳴る。
「あ、うん…。」
炭治郎は教科書を差し出していないの手で、教科書を受け取ろうとした私の右手を掴んで引き寄せられる。
「あまり心配させないでくれ。」
耳元で静かに言われて、声が出せない。代わりに頷いて見せると炭治郎は、にっこり笑って手を離してくれた。
「ごめんよぉ!!お待たせ!2人ともおはよ!」
善逸の明るい声が聞こえて、安心する。炭治郎と私は挨拶を返して、学校へと向かう。
それから木曜日まで、普通だった。お昼も3人で食べたし、帰る時も何も言われなかった。いつもの日常が戻ってきたように感じていた時だった。
『ヒツメが行く必要ない。』
木曜日の夜、炭治郎からの電話で、突然言われた。明日は金曜日で文化祭の準備があると話すと、そう言われた。
「いや、それは駄目だよ、皆で準備してるんだから…。」
『誰かに任せてしまえばいい。』
真面目な炭治郎からは想像もつかない言葉。そんな無責任な事は出来ない。そもそも、理由が分からない。
「近藤さんもいるし、大丈夫だよ。」
同じクラスの女の子の名前を言って、炭治郎の反応を伺う。
『じゃあ分かった、俺から近藤さんに言っておく。』
「いや、違うってば!そういう意味じゃないよ!」
また、私の話を聞いてくれない。昼間、普通に話してるときは聞いてくれるのに。感情が昂ると他人の話が理解しづらくなってるんだ。
「そもそも、どうしてだめなの?」
『危ないから。』
訳がわからない。炭治郎は平然と言って除けるが、普通に考えて、おかしい。この2、3日は炭治郎の様子も普通だった。
「危なくなっても、自分でなんとか出来るから!」
言い切って、通話を切る。頭が混乱している。先週や、月曜日の朝の炭治郎が、フラッシュバックして怖くなる。
「炭治郎…。」
なんて弱いんだろう。いつも炭治郎に頼りっぱなしの自分は、こんな時どうしたらいいのか分からない。今日会ったら以前の炭治郎に戻ってますように、と祈っているだけ。
「私って本当に馬鹿…。」