長編【蛍石は鈍く耀う】

□3.赫い劈開
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目を開けると自室のベットの上だった。頭が痛くて、身体も熱い。

「あれ…?」

身体を起こそうとするけれど、重たくて起き上がれない。しばらく格闘していると、家の中をバタバタ走る音が聞こえてきて、ドアが開いた。

「起きたらダメだってば!熱あるんだから!」

キッチンから慌てて来たらしく、菜箸を持ったままの善逸が立っていた。

「もう少しでおかゆできるから、待っててね。」

言いながらドアが閉められる。熱なんて随分長い間出してなかったな。ふと、意識が薄れる中で善逸と炭治郎が話していたのを思い出す。内容は分からないが、怒鳴っていた様な気もする。

「私、なにしてるんだろ…」

炭治郎が怖かった。いつもと雰囲気も違っていて別人みたいだった。あの時は、怖いと感じる反面自分だけは炭治郎の味方で居なきゃ、と思った。けれど、あんな事までされてしまって普通に接する事が出来るだろうか。

しばらくすると、おかゆを持った善逸が入ってきて、身体を起こすのを手伝ってくれた。

「食べられる?」

いつもふざけている善逸ばかり見るけど、こういう時は本当に頼りになる。うん、と返事をしておかゆを受け取り、口に運ぶ。

「ありがとう、美味しいよ。」

にこりと笑って言えば、彼は恥ずかしそうに黙ってしまった。

「あの、さ…」

「…うん?」

「こんな時に言うのもあんまり良くないと思うんだけど、」

善逸は背筋を伸ばして座り直す。

「俺と付き合ってほしい。」

「は…っえ?!」

変な声が出てしまった。なんで唐突にそんな事を言うのか。そもそも善逸って禰豆子ちゃんのことが好きなんじゃないの?

「俺が好きなのは、ずっとヒツメだけなの。だからあの時、俺の名前を呼んでくれて嬉しかった。」

恐らく、炭治郎に襲われたときの事だろう。誰かに助けを求めなくちゃ、と思った時には自然に善逸の名前が出ていた。

「俺だって、また3人で馬鹿な事して笑いたい。ヒツメが頑張るなら、俺は手伝うって確かに言ったよ。」

私が炭治郎の力になりたい、支えになりたいと言ったとき、善逸は頷いてくれた。

「でもね、好きな子が乱暴されそうになって、黙ってられるほど俺は馬鹿じゃない。」

「あれは前日の電話で…」

「だから、あんな事されても仕方ないって?」

善逸が強く言う。確かに善逸の言う通りで、電話の件で炭治郎が怒っていたとしても、仕方ない事では済まない。

「もう正直、炭治郎のことは諦めてほしい。」

確かにあの時、炭治郎に襲われるとは思ってなかったのもあるけど、男の力の前では本当に無力なのだと、思った。怖くて、本気で抵抗なんて出来なかった。なのに、炭治郎の事を諦めたくない自分が居る。

「あの、お付き合いの事だけど…」

「うん。」

「少しだけ、待ってくれる…?」

自分の気持ちがぐちゃぐちゃのまま、善逸と付き合うなんて出来ない。炭治郎とも、もう一度話したい。善逸は頷いて笑ってくれた。

「あと…助けてくれてありがとう。」

「…なにそれ、やばい、可愛すぎる。」

顔を真っ赤にして慌てる善逸。

「じゃあ、薬と飲み物ここに置いとくね。」

「うん、ありがとうね。」

お母さんは仕事の残業らしく、まだ帰ってきていない。善逸が私を運んで来て、ご飯や薬を用意してくれたらしい。鍵を閉める為に玄関まで歩いて、善逸を見送る。

「また電話する。」

「うん、またね。」

善逸は私が家に入るまで手を振っていた。


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