長編【蛍石は鈍く耀う】

□(1)金剛石の欠片
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昨日は一日中、炭治郎とヒツメの事で頭がいっぱいだった。俺らしくない。と思っているとヒツメがとんでもないことを言った。

「昨日炭治郎の家に行ったんだけどさ、」

俺はヒツメに詰め寄る。一昨日の普通じゃない炭治郎を見たはずなのに、なんで。

「誘ってくれたら着いて行ったよ!」

いや、ヒツメの目には取り乱した炭治郎としか映ってないんだろう。今の炭治郎に近づくのは危ない気がする。ヒツメが俺の機嫌を取ろうと飴をくれた。

「ん?何か顔についてる?」

「……いいや、別に。」

ヒツメの顔をじっと見て、音を聞く。特に変わりは無さそうで、とりあえず安心する。視界にカナヲ先輩が入って俺は思わず駆け寄った。炭治郎の従兄弟のカナヲ先輩なら、炭治郎の昔の事を知っているかも知れない。
後ろでヒツメが、呼び止める声が聞こえたが、今はとりあえず先輩に話を聞きたい。

カナヲ先輩が今日の放課後しか時間がない、というので教室に残って話を聞くことになった。ヒツメの事が気がかりだが仕方ない。

「炭治郎は私も苦手、かな。」

カナヲ先輩は意外にも、そんな事を言った。

「でも、我妻君もそうでしょう?」

「え、俺も、ですか?」

「そう。あなたも分かってるんでしょう?」

誰がどう見ても、俺と炭治郎は仲が良い。それを敢えて苦手だ、と言うのならば。炭治郎の心の底にあるどろどろとした、嫌な音。あの小さな音がカナヲ先輩にも聞こえている、もしくは分かっているということだ。

「炭治郎は優しい人、と皆は言う。私は、そうは見えないけれど。」

小さな顎に細い指を添えてカナヲ先輩は言った。

「俺に炭治郎は救えないんですかね。」

あの感情を拭うことは出来ないのか。という質問にカナヲ先輩は即答した。

「不可能だと思う。あれは炭治郎の感情の1つで、炭治郎自身でしょうね。」

「感情の1つ…」

「頼られる事で、自分という存在を認められたい。炭治郎は長男だし頑固な性格だから、その思いが人よりも強いのかもしれない。」

つまり、承認欲求の類いということか。ヒツメが炭治郎はお兄ちゃんみたいだ、と言った事もあった。それは面倒見がよく、頼りがいがあるから。

「でもそれっていつまでも満たされないんじゃないですか。」

「そう、これは満たされることはない。そしてこれは相手が居ないと成立しない。」

ふと、カナヲ先輩は腕時計に視線を移すと、にこりと笑って言った。

「じゃあ、また今度ね。」

カナヲ先輩は鋭い。俺がヒツメを気にし始めたのを感じたんだろう。俺の返事を聞かずにさっと教室から出て行ってしまった。俺も急いで学校を出て、真っ直ぐにヒツメの家へ向かう。家が見えてきて、電話を掛ける。

『…もしもし。』

ヒツメは泣いていた。それは電話口から聞こえた一言でも分かったし、着いたヒツメの家の、塀の向こう側にいる本人の音でも分かった。

『大丈夫だから、』

「大丈夫じゃない。」

『本当に、大丈夫だってば…!』

分かりやすい嘘までついて。
俺に迷惑をかけたくないという心理だろう。だけどヒツメの音は確かに、助けを求めていて。俺はヒツメの前に立って言葉をかけた。

「大丈夫じゃないよ、だって、悲しい音がしてる。」

ヒツメは濡れた瞳で俺を見上げていた。

「なん、で…」

こんな時でさえ、ヒツメの頭の中に俺は居ない。俺は、しゃがんで、さっき電話で言った事をもう一度言う。

「ねぇ、炭治郎じゃなきゃ、駄目なの?」

ヒツメの心臓がどくん、と跳ねる。

「っ…そんな事言われても、炭治郎以外の人に、頼ったことないんだよ…。」

「俺は、ヒツメを助けたいんだよ。」

ヒツメの頬に触れる。彼女の頬は濡れていて、乾いた俺の指を潤していく。

助けてほしい、と言ってくれさえすれば。

けれど俺の願いとは反対に彼女は、ぐっと涙を堪えて言った。

「私は、前みたいに炭治郎と3人で笑いたい。」

それほどまでに、彼女にとって炭治郎の存在はとても大きいものだった。


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