長編【蛍石は鈍く耀う】

□4.硬度4
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次の日から炭治郎は、この2週間の出来事が嘘だったかのように、明るくなった。吉田君に関しては、良い顔をしなかったけど。その事に関しては善逸も、炭治郎の気持ちが分かる、と言っていた。

「吉田はね、ヒツメのことを本気で好きなわけじゃないの。そんな男と大事な幼馴染みが2人きりなんて許せなかったんだろうね。」

吉田君が多数の女の子を好き、という事実は何人かの男の子の間で有名だったらしい。炭治郎は、前日の電話のこともあり、余計に頭にきてしまった、ということだろう。
善逸は、ふん、と短く息を吐く。

「ヒツメにキスしたことは許してないけどな。」

「まぁ、私も初めてのキスだったら傷ついてたけど、そうじゃないし、もういいんだよ。」

「ふーん……って、ええぇぇぇっ?!?!」

叫び声を上げる善逸はあっという間にクラスの視線をも集めてしまう。まぁ皆、善逸の叫び声なんて聞き慣れているだろうとは思うけど。

「善逸、休憩時間とはいえ、静かにしないと駄目だ。」

善逸の叫び声を聞いて、炭治郎が歩いてくる。

「聞いてよ、炭治郎!俺の、俺の彼女が…汚れてっ…!!」

「大きい声で失礼なこと言わないでよ!」

「教室で一体何の話をしてるんだ。」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ善逸を炭治郎が嗜める。懐かしい、と思ってしまう。数週間前と同じ光景。心なしか、炭治郎が前よりも明るくなった気もする。

「そうだ、金曜日の文化祭なんだが、一緒にまわらないか?」

炭治郎は思い出したように言った。去年も3人、一緒に回ったし、私はなんとなくそうなると思っていたけれど。

「いいよ、一緒に回ろ。」

「ちょっと、さっきの話は?!無視なの?!酷すぎじゃない?!!」

そんな感じで、文化祭を3人で一緒に回ることになった。

文化祭の日。体育館の催しを観てから、中庭で出ている軽食を食べたいと言い出しのは善逸だった。

「俺、焼きそば食べたい。」

「俺はうどんがいいな。」

「私はたません食べたい。」

「…え?何で2人とも俺のこと見てるのかな??」

露店の前で、私と炭治郎は悪い笑みを浮かべて善逸を見る。善逸は顔を痙攣らせながらも、うどんと、たませんを奢ってくれた。中庭にある適当なベンチに3人で腰掛ける。

何度もいうが、炭治郎は真面目で、それがブレる事はない。この前の文化祭の準備を、代わってもらえばいい、という発言だって、普段の炭治郎だったら絶対に言わないから、私は驚いたのだ。
けれど、仲間内の、特に私と善逸に対してだけは、それが崩れるときがある。炭治郎にとって、私と善逸は幼馴染み以上の枠組みに位置しているんだろうと思う。

「炭治郎って俺たちに容赦ないよね。」

善逸がそう言うのも、分かる気もする。炭治郎が友達には見せない部分。それを見せてくれているのは、嬉しい。善逸もなんだかんだ言いながら嬉しく思っていると思う。

「私もそう思う。」

「いや、今回に関してはヒツメちゃんも同罪だけどね?そのたません、タダじゃないからね?」

「なんだ、タダじゃなかったのか。それは知らなかったなぁ。」

「…っぶ!!炭治郎、お茶飲んでる時にその顔はやめてよ!」

炭治郎は嘘をつくと、とんでもない顔をする。嘘をつきたくない本心が滲み出てしまっているのだろうか。見るたびに吹き出してしまう。

「あ、カナヲだ。」

炭治郎が露店の一つに、カナヲ先輩を見つけたらしい。カナヲ先輩は私達より学年が上だけど、炭治郎は従兄弟ということもあって名前で呼んでいる。

「俺、挨拶してこよーっと!」

善逸がカナヲ先輩の露店へ走って行くのを私と炭治郎は座ったまま見ていた。焼きそば食べ終わるの早くない?

「ヒツメ、」

「ん?どうした…の…、」

名前を呼ばれて、炭治郎の方に顔を向ける。炭治郎の指が私の顔に手を伸ばしていて、反射的に体を引いてしまう。

「口元にソースついてるぞ。」

「もう!早く言ってよ!」

炭治郎はポケットティッシュを渡してくる。触れられそうになって、体を引いたことに気づかれていないだろうか。
炭治郎は以前のように接してくれているというのに。この関係に戻りたいと望んだ私がこんな風ではいけない。

「怖いよな。」

炭治郎の言葉に、どきりとする。中庭には学生が沢山居て、賑わっている。なのに、炭治郎の声だけがはっきりと聞こえる。申し訳ない、という気持ちが伝わってくる。

「つまらないかもしれないけど、聞いてくれないか。」

なにを、なんて聞かなくてもわかる。聞きたくても、聞けなかったこと。炭治郎の気持ち。うん、と頷くと炭治郎はお茶を一口飲んでから、話してくれた。

「俺は頼られる存在になりたかった。頼られることで、自分の存在を認められた。それはずっと昔からで、家族に対しても、ヒツメに対してもそう思ってた。」

現に今まで炭治郎をお兄ちゃんのように頼り切っていた私が居る。私を家族と同じように思っている、と恥ずかしげもなく言われたこともある。

「家族を失っても、ヒツメが俺の側で、俺を必要としてくれるなら、それ以外はどうでも良くなった。」

ヒツメが側にいるなら、それ以外はどうでもいい。それはあの時の炭治郎が度々口にしていた言葉。

「善逸が、間違ってるって言ったんだ。」

私が熱で気を失ってしまった、金曜日のことだろう。善逸が、炭治郎に何か言ったことは2人の様子を見て分かっていた。内容までは詳しく教えてくれなかったけれど。

「炭治郎は優しいよ。それは頼られたいからだけじゃなくて、炭治郎自身がそうしたいって思ってる部分もあると思うよ。」

「…俺は優しくない。」

「そんなこと、」

「家族を失ったとき、俺は悲しかった。本当に悲しかったんだ。でも、」

「お待たせ!カナヲ先輩からジュースもらっちゃった!」

炭治郎の言いかけた言葉は善逸に阻まれてしまった。善逸は嬉々として私と炭治郎にジュースを渡してくる。炭治郎の言いかけた言葉が気になるけど、もう一度話を振れるような雰囲気でもない。その後も炭治郎も話の続きをするつもりも無さそうだった。

私達の関係は元に戻ったとは言い切れないけど、もう少し時間が経てば、元に戻るだろう。
あとは、善逸からの告白をどうするか、だ。
炭治郎との話が終わったら、返事をする約束だけど、善逸を好きかどうかなんて考えたことなかった。どうすればいいのだろう。


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