長編【蛍石は鈍く耀う】

□5.アルメリア
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冷えてしまった身体を摩りながら制服を着た。不思議と、炭治郎に対して怖いと思う事は無くなっていた。裸の写真を撮られた事は許せないし、精神的にショックだった。今すぐにでも消してほしいと思う。だけど心は思っていたよりも平穏で、落ち着いていた。
それこそ、欲望のままに抱かれたり、写真をばら撒くと脅されたり、していないからだとおもう。炭治郎は私の事を拘束したいだけだ。ただ、誰のものにもなってほしくないだけ。その為の写真であって、きっと炭治郎はその写真をまじまじと見返すような事などはしないだろう。あくまでも私を拘束する為の手段の一つに過ぎないのだ。

「…帰る。」

炭治郎に連れてこられた為に、リビングに鞄を取りに行く。テーブルに置かれた鞄に手をかけると、異臭が鼻をついた。きっと、コンロに乗っている鍋からだ。私が最後に来た時のままのキッチンなのだから、あの中にはきっとカレーだったものが入ったままになっているのだろう。

「送っていく。」

いつの間にか2階から降りてきていた炭治郎が、リビングの入り口に立っていた。よく見ると体の線も細くなっているように感じる。家でご飯を作っていないどころか、おそらく何も食べていないのだろう。炭治郎は、あの時から何も戻っていない。戻ってなどいなかったのだ。

「着いてきて。」

私は鞄から財布だけを取り出すと、炭治郎の手を引いて家を出た。近くのスーパーに向かい、適当に買い物をして炭治郎の家へ戻る。

「座ってて。簡単に何か作るから。」

「すまない、食欲がないんだ。」

「いいから!あと、今度腐らせたら本気で怒るからね。」

数時間前の炭治郎とは同一人物とは思えないほど静かな彼を、さっきと同じようにリビングの椅子に座らせる。
手早く野菜炒めと味噌汁を作りながら、ふと思う。
私は何をしているんだろう。炭治郎に酷いことをされたはずなのに。今だって、この包丁で脅せば写真くらい消してくれるかもしれないのに。そんな事をしようとは思わなかった。

「いただきます。」

食欲がないといいつつも、作れば残さずに食べてくれた。話しかけないと何も喋らなくなってしまった炭治郎に、あれやこれやと気まずくならないよう、話しかける。ますます持って、自分の行動が分からない。
ふと炭治郎が、箸を持ったまま固まる。どうしたのか、と彼を見つめる。

「誰かと食べると、美味しいな。」

炭治郎は、はにかみながらそう言ったのだった。


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