長編【蛍石は鈍く耀う】

□(2)向日葵の音
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そっとヒツメをベットへ寝かせると、キッチンを借りた。ヒツメの鞄から家の鍵を借りて開けている時に、ヒツメからキッチンを使っていいと了承を得ている。覚えていないだろうけど。
おかゆを作りながら、考える。あの時、聞こえた炭治郎の酷く慌てた声。

『やめろ、呼ぶな!』

『嫌だ、俺を置いて行くな。』

置いていくな、と縋る炭治郎は子どものように必死だった。炭治郎はヒツメを繋ぎ止めたいだけなんだろう。だからといってヒツメに乱暴してもいい理由にはならない。

お粥を持っていくと、ヒツメは美味しそうに食べてくれた。ヒツメは本当に美味しそうにご飯を食べる。他の女の子は取り繕ったりするのに、ヒツメにはそれが無い。ヒツメを好きだ、と自覚すればするほど、炭治郎の事が頭を過ぎる。
もういっそ、彼女になってくれたらいいのに。

「俺と付き合ってほしい。」

「は…っえ?!」

ヒツメが素っ頓狂な声を上げる。ヒツメが俺の彼女になれば、ヒツメに近づくな、と堂々と言える。

「俺が好きなのは、ずっとヒツメだけなの。だからあの時、俺の名前を呼んでくれて嬉しかった。」

助けてほしい、と名前を呼んでくれたこと。例えそれが、たまたま俺の名前だっただけだとしても嬉しかったんだ。

「俺だって、また3人で馬鹿な事して笑いたい。ヒツメが頑張るなら、俺は手伝うって確かに言ったよ。でもね、好きな子が乱暴されそうになって、黙ってられるほど俺は馬鹿じゃない。」

「あれは前日の電話で…」

「だから、あんな事されても仕方ないって?」

どうして炭治郎を庇うのか。俺が駆けつけた時、ヒツメは意識を失う直前に、炭治郎を怒らないで、と言っていた。

「もう正直、炭治郎のことは諦めてほしい。」

ぐっ、とヒツメは唇を噛み締めた。辛い事をわざと口に出してはみたもののヒツメは、炭治郎をまだ諦めようとは思えないらしい。傷ついたヒツメに、つけ込むように告白する俺は酷く意地悪で汚いと思う。

「あの、お付き合いの事だけど…」

「うん。」

「少しだけ、待ってくれる…?」

俺はヒツメの事を、自分で思っているよりも好きらしい。そんな風に言われたら断れない。俺ってつくづく容易い男だなぁ、と再認識する。そんな風に言われたら、笑って頷くしかないじゃないか。


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