長編【蛍石は鈍く耀う】
□6.紫黄水晶の揺らぎ
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「ねぇ、炭治郎。」
「どうしたんだ?」
炭治郎は私の作った料理を食べながら、返事をする。炭治郎はいつも本当に美味しそうに食べてくれる。
「…えっと…美味しい?」
私の言葉に炭治郎は子どものように屈託なく笑う。
「美味しいよ、ヒツメがこうやって家に来る日は楽しみで仕方がないんだ!」
う、と何も言えなくなる。料理を作ってくれたから美味しいと言っているだけじゃない。彼は本当に美味しい、嬉しいと思っているんだ。ストレートに表現する炭治郎に今更恥ずかしくなってしまう。
「ヒツメ、さっきからどうしたんだ?」
「あー、うん…。」
善逸の事を炭治郎に言おうと、さっきから思っているんだけどなんとなく言い出しにくい。
「善逸の事か?」
先に言われてしまって心臓がどきりと跳ねる。また考えてる事がバレている。だけど今回に限っては都合が良い。
「うん…。」
「なんとなく、そうなんじゃないかと思ってたよ。」
炭治郎はじっと私の目を見る。私の言いたい事を、感じ取ろうとしているのだろうか。だけどここは、はっきり言ってしまおう。
「告白、断ったよ。だから、写真を消してほしくて…。」
炭治郎が納得したような表情で、ああ、と声を漏らした。
「写真は残ってないんだ。」
「…え?」
思わぬ返答に、言葉が出ない。どういうこと?
「ヒツメを傷つけたって気付いて、すぐ消したんだ。」
「じゃあ私が善逸と付き合ってたらどうしてたの?」
炭治郎は眉間にしわを寄せた。確かに炭治郎は善逸と付き合えば写真をばら撒くぞ、などと直接脅された訳じゃない。だけど下手な芝居を打ったと炭治郎は言っていた。
「初めはそのつもりだったんだけどな。震えてるヒツメを見て、虚しいって思ってしまった。」
今の炭治郎は幼なじみの炭治郎でも、家族を亡くした後の炭治郎でもない。
「ヒツメは俺が写真を撮ってなかったら、善逸と付き合ってたのか?」
私が怖がらないように、怯えないように、優しく聞いてくる。
「違う、私は自分で決めたんだよ。」
そう、自分で決めたのだ。脅されてるから断ったんじゃない。善逸は大事な友達。それ以上の関係にはならないし、なれない。
「そうか。」
炭治郎は安心したように小さく言った。私の事を好きじゃないと、言ったのは炭治郎なのに。どうしてそんな安心した顔をするの?私は炭治郎にとってどういう存在なんだろう。
「俺、ヒツメの事をちゃんと好きになりたいんだ。」
炭治郎は少し顔を赤らめて、はっきりとそう言った。
『じゃあ、俺がヒツメを好きだと言えば問題ないのか?』
あの時、炭治郎は確かにそう言っていた。つい最近の話だ。ここまで考え方が変わってしまうなんて、一体どうしてしまったんだろう。
今の炭治郎は、私に対して全てを曝け出しているように見える。彼は長男気質で面倒見が良い。だからこそ、外に出せない感情や思いもある。一時期はその感情が強く出てしまったかもしれない。だけど今の炭治郎はそれを上手く制御できているように感じる。
「私も、ちゃんと自分と向き合う。」
「……?」
炭治郎は、不思議そうな顔で首を傾げている。今の炭治郎は自分の事で精一杯だから、私が自分で向き合わなきゃいけない。
炭治郎に、人を好きになることがどういうことか。説明した私が、自分の気持ちに気付いていなかった。なんと馬鹿な話だろうか。私の心にはいつも炭治郎が居て、何をするにも炭治郎と一緒。それだけでもう、答えは出ていたのに。
当たり前になっていて気付けなかった。
炭治郎のことを好きになっている自分に。