長編【蛍石は鈍く耀う】
□7.終わらない幼馴染
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私は炭治郎に、どう思われているんだろう。
そんな事ばかり考えてしまう。人を好きになるというのは、こんなにも辛いものだったっけ。
「またぼーっとしてる。」
目の前の椅子に座る善逸が、つまらなさそうに言った。教室には生徒が数人しか残っていない。あ、次移動教室か。
「ごめん、行こ。」
慌てて机の中から教科書や筆記用具を纏めると椅子を引いて立ち上がる。
「善逸?行かないの?」
「んー…。」
「もう時間ないよ?」
ぼーっとしてた私が言うのもなんだけど。もうすぐチャイムが鳴るというのに、善逸は動こうとしない。
「じゃあ先に行っ…、」
「ね、一緒にさぼろっか。」
思わぬ提案に、目を丸くして善逸を見つめる。彼は不真面目な提案を、真面目な顔でしてくる。その不釣り合いさに笑ってしまいそうになる。
「え、本気で言ってる?」
「俺は本気だけど。」
授業をさぼるのは実を言えば初めてじゃない。その度に真面目な炭治郎に怒られるんだけど。どうしようか迷っていると、授業の始まりのチャイムが鳴ってしまった。
「あーあ、時間切れ。はい、座って。」
手に持っていた荷物を奪うように机の上に置かれる。まぁ、もういいか。諦めて椅子へ腰を下ろすと満足そうに善逸は笑った。
「悩み聞いてあげるからさ。」
「善逸に相談する理由ないし。」
「好きな子が悩んでたら助けてあげたいもんなの。」
始めから相談に乗る気でさぼらせやがったな、と思ってわざと冷たく言ったのに、平然と言い返してきた。しかもその理由って善逸の理由であって、私が相談する理由じゃないんだけど。
善逸は私のことを好きだと言ってくれてるから、そんな相手に恋愛相談するのは酷だと思うんだけど。
「別に、恋愛相談でもちゃんと聞くよ。俺はヒツメを好きだけど、友達としても大事なんだから。」
炭治郎といい、善逸といい、どうして考えていることを当ててくるのか。そんなに分かりやすいのか、私って。
「炭治郎にどう思われてるのか、気になる。」
自分達以外誰もいなくなった教室で善逸に、恋愛相談をすることになるなんて。自分の気持ちを改めて口にするのは恥ずかしい。目の前の善逸はそれを聞いて苦い顔をする。
「げ、ほんとに恋愛相談なの。」
「……。」
「ご、ごめんって!冗談だってば!ちゃんと話聞くから!!」
考えていることを読んでくるくせに、肝心な内容までは分からないのか。なんて都合の悪い耳なんだろう。いや、善逸のことだからわざとやってるのかもしれない。不機嫌な顔をしてみせたら善逸は慌てて謝ったから、まぁ良しとしよう。
「で、どう思われてるか気になるっていうのはどういうこと?」
落ち着いた声で聞かれる。
「炭治郎に、好きじゃないって言われた。」
「え、なんで?」
「そんなの、こっちが聞きたいよ。」
そう、炭治郎に面と向かって直接言われた。あの状況で炭治郎は嘘は言わないだろうし、本当にそう思っているんだとおもう。嘘だとしたら顔に出てるはずだし。
「人を好きになったことないとか?」
「確かに炭治郎からそんな話は聞いたことはないけど…。」
善逸と出会う前からずっと炭治郎と一緒にいるけど、そんな浮いた話は聞いたことがない。男友達の善逸がそう聞いてくるということは、善逸も炭治郎のそういう話を知らないのだろう。
「でも、私のことをちゃんと好きになりたいって言ってくれた。」
「…なんか、訳分かんなくなってきたんだけど…。」
それもそうだろう。私だって訳が分からない。好きになりたいなんて、言われたことがない。そもそも宣言すること自体がおかしい事なのだから。
「じゃあ、炭治郎にどう思われてるかは置いといて、ヒツメは炭治郎をどう思ってるの?」
善逸の真っ直ぐな瞳が射抜くように見つめてくる。友達として、相談に乗ってくれているのだ。善逸に対して申し訳ないと思う方が良くないと思う。
「好き…だと思う。でもまだそんなに時間経ってないから確信持てないけど。」
友達でいた時間が長すぎて、好きという感情に自信がない。善逸はわざとらしく溜息を吐いて金色の髪をくしゃりと掻く。
「もしかしてヒツメも人を好きになったことないの?」
「そんな訳ない。」
「キス初めてじゃないって言ってたもんね。」
真剣に話してる途中なのに、そんな事を言ってくるなんて。実は相当ショック受けてたりするのかもしれない。
「まあ、ね。」
「じゃあ好きって感情が、時間が経てば分かるものじゃないことくらい分かってるよね。」
どき、と胸が痛くなる。さっき私が言った、時間が経ってないから確信持てないという言葉に向けて言っているんだろう。
「さっさと認めればいいのに。」
善逸からすれば面白くない話なのに。彼は友人として私を応援してくれている。いや、私だけじゃなくて恐らく炭治郎の事も。
「ヒツメは炭治郎を好き。それでいいじゃん。炭治郎がヒツメを好きになるかどうかなんてヒツメが気にしたところで何も変わらないんだから。」
いくら考えたって私は炭治郎じゃないんだから分かるはずがない。むしろ本人も分かっていないんだから。
「ほんと、そうだね。」
自分の気持ちに悩むならまだしも、相手にどう思われてるかで悩むなんて馬鹿らしい。私は炭治郎を好きでいればいい。
「ま、炭治郎に振られたら、俺が付き合ってあげるから!」
「何で上から目線なの?付き合って下さい、じゃないの?」
「じゃあ、付き合って下さい!」
「え…プライドとかないの…?」
「酷くない?!惚れた相手の恋愛相談に乗ったのに!!」
善逸がムッとした顔で騒ぐ。他の教室では授業中だから善逸の声がやけに響く。いつもなら、汚い高音っていじるんだけど、悩みを聞いてくれたし今日はやめておこう。
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