長編【蛍石は鈍く耀う】
□(1)まもりたいもの
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文化祭を一緒に回ろう、と提案するとヒツメと善逸は二つ返事で了承してくれた。あれからは二人との関係も良くて、俺の気持ちも落ち着いた。冗談なんて、取り繕う上では必要だと思っていたけど、今ならそんな事を考えずに言えてしまうほどだった。
従姉妹のカナヲの露店へと善逸が走っていく。俺と二人きりになっても、ヒツメの匂いは焦ることもなく落ち着いていた。
美味しそうに善逸に奢ってもらったたませんを頬張る横顔を見つめる。口元にソースがついていて、自然と手で拭おうとする。俺の手に気付いたヒツメが、目を見開いて反射的に体を引いた。
「口元にソースついてるぞ。」
「もう!早く言ってよ!」
すぐに今まで通りとまではやっぱりいかないな。ポケットティッシュを渡すとヒツメはソースを拭う。平然を装っているけど、俺には分かる。
「怖いよな。」
怖いに決まってる。今まで友人だった男に襲われて、まだ数日しか経っていない。
「つまらないかもしれないけど、聞いてくれないか。」
善逸が居ない間にヒツメには話しておこうと思った。聞かれて困る話じゃないけど、きっと善逸には理解できないと思う。俺に善逸は眩しすぎる。好きな相手に振り向いてもらう為に努力したり、友人が困っていたら助ける為に行動を起こす。
そんな善逸に、俺のこんな情けない話なんて聞かせられない。
ヒツメの心地の良い匂いがする。それと同時に胸が締め付けられるように痛い。ヒツメが酷く怯えた時も胸が痛くなった。だけどあの時とは違う痛みだ。
「炭治郎は優しいよ。それは頼られたいからだけじゃなくて、炭治郎自身がそうしたいって思ってる部分もあると思うよ。」
俺が優しいだって?俺に散々酷いことをされたというのに。
「…俺は優しくない。」
「そんなこと、」
優しい人間は、親しい人が亡くなって嬉しいなんて思うわけがない。もうヒツメに全部話してしまおうか。
「家族を失ったとき、俺は悲しかった。本当に悲しかったんだ。でも、」
善逸の明るい声が俺の言葉を遮って我に返る。こんなこと、ヒツメに話すべきじゃない。胸がまた締め付けられるように苦しくなる。この気持ちが何なのか、この時の俺は分からずにいた。