短編
□明日は愛をあげたい
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〜藤の家紋の屋敷
「さあ、お召し上がり下さい。」
「ありがとうございます。いただきます。」
ヒツメは両手を合わせて言った。
伊之助がご飯粒を飛ばしながら、いただきます!とヒツメに言う。
「私に言うんじゃなくて、食事と家主さんに言うの!」
既に食べているので、もう遅いが。
任務が終わり、ほぼ無傷で帰って来た。
次の任務まで、近くの藤の家紋の家で休ませてもらえる事になったのだ。
「構いませんよ。冷めないうちにどうぞ。」
「ばばあ!おかわり!!」
「こら!駄目だぞ、伊之助!!」
炭治郎も伊之助に叱るが、伊之助はふいっとそっぽを向く。
「権八郎の言う事は聞かねーよ!」
ぎゃあぎゃあ騒がしい夕飯だが、これはこれで楽しいと思っている。蝶屋敷だと、しのぶに怒られてしまうからだろうか。藤の家紋の家にお世話になる時は大体こうなる。
夕飯を終えて、湯浴みをしている時だった。
(なんだろ、風邪でも引いたかな。)
立て続けの任務で体が疲れていた事と睡眠不足だった事もあって、風邪を引いたのかもしれない。
体が寒く、浅い呼吸を繰り返す。ヒツメはフラフラしながらなんとか用意してくれた部屋へ戻る。
部屋はヒツメが女性ということもあって、家主や炭治郎達がいる部屋より少し遠いところに用意してくれた。
部屋に着くと、綺麗に敷かれた布団へ倒れ込む。お湯に浸かったけれど、寒い。喉も渇いたが、身体が重たい。
「ヒツメちゃん?」
「…っ?!」
突然声が聞こえて、驚いた。この声は…
「善逸…?」
「飲物持ってきたんだけど…」
閉まった襖の向こうで、善逸の声がした。ヒツメは、布団の上に座り直して、善逸に言う。
「ごめん、ありがとう。入っていいよ。」
善逸が静かに襖を開ける。左手にお盆を持っていて、湯呑みが2つ乗っている。
「はい。とりあえずお茶だけど。」
「本当にありがとう。喉が渇いてて、助かった。」
渡された湯呑みを受け取って、茶を一口飲む。ヒツメは少し深呼吸して、善逸を見る。彼は布団の側に座っていて、こちらをじっと見つめてくる。なぜ善逸はこんなに笑顔なんだろう。
「あれ、顔に出てた?」
いつもの善逸の声なのに、何故か怖くなった。少し距離を置こうとしたが、体が重たくて思うように立ち上がれない。
善逸がヒツメの長襦袢の裾を掴んで引っ張る。いとも簡単に布団へ押し倒されて、笑顔の善逸に見下ろされた。
「怖がらないでよ、別に取って食おうって訳じゃないんだよ。」
「……?」
自分でも分かるほど吐く息が熱い。善逸が顔を近づけてきて、反射的に目を閉じる。
「俺さぁ、ヒツメちゃんの事好きなの。」
鬼殺隊という、いつ死んでしまうのか分からないこの現状で、誰かと恋仲になるなど、考えたこともない。何も言わず、善逸の言葉を聞いている。
「ヒツメちゃんは俺のこと何とも思ってないんだろうけど。」
でもね、と善逸が拗ねた表情をしながら続けた。
「炭治郎もヒツメちゃんが好きなんだよ。」
「え、…っええ?!」
素の声が出てしまうほど、驚く。炭治郎が?
善逸は驚くヒツメの頬に軽く触れる。少し触られただけでピクリと反応してしまう。善逸はそんなヒツメを見て、にっこり笑う。
「俺のことを、男として意識してほしい。」
顔が熱くなるのが分かるほど、恥ずかしい。仲間だと思っていた人に、こんな事を言われる日がくるなんて。鬼殺隊に入るとき、色恋沙汰など無縁だろうと思っていた。ヒツメは鬼狩りになる為に、祝言までも破談させて入隊したのだ。そんな自分が、鬼殺隊で恋仲になるなど。
「他のこと、考えてる。」
目の前の善逸に、思考を読まれてしまう。ヒツメは罰が悪そうに顔を逸らす。
とは言え、善逸に組み敷かれているこの状況では無意味に等しい。
「俺に集中してよ。」
「待って、そんな急に言われっ…ひぁっ…!!」
善逸がヒツメの耳を軽く食む。身体がびくりと跳ねて、甘い声が漏れてしまう。慌てて手で口を塞ごうとするが、素早く善逸に絡めとられて布団へ縫い付けられる。
「ほんっと、かわいいよね。どうにかなっちゃいそう。」
金色の綺麗な瞳の中に獣のような黒い色が見える。いつもの善逸のはずなのに、別人のように感じる。
善逸は目を閉じて長い息を吐く。今にでも理性が飛びそうだ。ヒツメから嫌な音こそしないが、怯えている音がする。
「っ…善逸…?」
善逸はヒツメを抱きしめる。湯浴みしたばかりで、ヒツメからは石鹸の香りがする。同じ石鹸を使っているはずなのに、ヒツメからは甘くて、脳を直接刺激するような香りがする。
「駄目だわ、このままここに居たら本気で襲っちゃう。」
善逸は、ぱっと立ち上がり、持ってきた湯飲みとお盆を持つ。襖に手をかけると、ぴたりと止まる。
「体調悪いのに、ごめんね。ゆっくり休んでね。」
善逸はそれだけ言うと部屋を出て行った。残されたヒツメは布団へ倒れ込んだ。
顔が熱いのは、風邪のせいか、善逸のせいか。明日、善逸と会ったらどんな、顔すればいいのだろうか。ヒツメは考えながら目を閉じた。